JIA Bulletin 2008年4月号/FORUM 覗いてみました「他人の流儀」
心を掴みとる住宅設計 高野 保光 氏
遊空間設計室 高野 保光 氏
聞き手:Bulletin編集委員

■高野氏は栃木の豊かな自然のなかで幼少期を過ごし、日大の建築学科に入学、卒業後は大学の助手となりスペースデザインの世界でも活動されました。その後建築家として独立し、高い勝率で住宅コンペの仕事を勝ちとりながら、今ではコンペに参加しなくても依頼者が絶えません。住まい手の要望をバランス良く取り入れ、身体感覚を持ったリアリティのある空間でありながら、造形的にも美しい住宅をつくりあげるバランス感覚にすぐれた建築家として活躍中です。

 遊空間設計室 代表 高野 保光 氏(たかの やすみつ)
 1956年栃木県さくら市生まれ。
 1979年 日本大学生産工学部建築工学科卒業。日本大学生産工学部助手、1991年 遊空間設計室を設立。
 新制作スペースデザイン部7年連続入選、新作家賞2回。FOREST MORE木の国日本の家デザインコンペ2003最優秀賞、2004年優秀賞。2004年「杉並の家」で「まちなみ住宅」100選 (社)日本建築士会連合会会長賞など、受賞多数。

● 手掛けていらっしゃる仕事について教えて下さい
 今は年間約8〜10軒の住宅を手掛けています。内訳は4〜5割が施主から直接の依頼、4〜5割がプロデュース会社の紹介、後の1〜2割は住宅コンペという状況です。

● 住宅設計における、こだわりやテーマとは?
 建築家である前に一人の生活者として、対等の立場で施主に接し住宅を考えるように心掛けています。そこでクライアントと共に身体に近いところで家を作り上げることができればと思っています。
 そこに住む家族が毎日元気に生活できるための舞台、日々の生活に小さな喜びや発見があるような暮らしの楽しみを生む、シンプルで、美しい光と影がある空間作りを大切にしたいと考えています。もちろん生活の表舞台だけでなく、舞台裏(収納などの機能など)を用意することも大切です。

● 設計の進め方、デザインのポイントについて教えてください
 初めに私がラフスケッチから1/100スケッチと粘土模型を作りスタッフに手渡します。CAD化した図面の上に、今度はひたすら赤で線をひき、スタッフとのやりとりを繰り返しながらまとめていきます。
 物を創るときは固定して考えず、常に視点を変えるよう心掛けています。彫刻のような立体造形をやってきましたから、すでに頭にあるものを形にするのではなく、自分がかたちにしたものを見ながらさらに新しいものを発見していくという行為の一つとして粘土模型をよく作ります。設計やデザインの質は、回りの環境や気分によっても大きく変わります。意図的に環境を変えることで、単調になりがちな設計に変化をつけることができるのではないかと思います。例えば設計する順番や場所、時間を変えてみるなど、観察という行為や設計をする環境をデザインすることも大切なことなのではないでしょうか。

● 最近の施主について、どう思われますか?
 最近は建築家に御任せという形はほとんど皆無で、自分たちも積極的に家づくりに関わろうという意識の施主や、自分や家族の自己表現としての住まいづくりを考えている建主も増えています。そして以前より男性がより住宅に関心を持つようになりました。


薬師町の家

事務所風景

 私の場合、施主には必ずオープンハウスに来てもらうようにしています。空間の捉え方、明るさと広さの感覚、材料やデザインなど、施主の判断されていたことが「これも悪くないですね」というように、実際に空間に立っていただいて理屈だけでない何かを感じ取ってもらうことが、身体性から離れた情報をたくさん持ってやってくる建主に対して有効な一つの手段になると考えています。

● プロデュース会社のコンペに42回参加され約半分勝利、と伺いました。
  コンペで勝つポイントは何でしょうか?

 そうですね……。私の場合、コンペであっても普段の提案のスタイルとまったく同じようにやっています。毎回、毎回、自分のスタイルまで変えて無理して依頼主の希望に合せても、その後の設計で自分が苦しくなるし、うまくいかなくなると思うのです。もちろん勝つつもりで臨んでいますが、たとえコンペに負けても、自分の意図が伝わればそれでいいと考えています。
 要望書は読み込みますが、そのまま反映するのではなく、要望を踏まえそれ以上のプロとしてのプラスαの提案ができるように心掛けています。
 コンペの場合は図面や模型を持ち帰って検討することができるので、プレゼン時の必要以上のインパクトや説明は必要ないと考えています。プレゼン時の印象は悪かったのに、結果的には選ばれたケースもありました。プレゼン時のパフォーマンスより実直な姿勢とその意図が伝わる図面や模型をしっかり作ることが大切なのかなと思います。
 計画内容というより、相性による理由やコスト設定の違いによって選ばれないケースもあるし、建築空間の良し悪しの勝負でもありませんし、コンペの勝ち負けにはあまりこだわらず、すぐに割り切って次に進むことも大切ですね。

● 住宅コンペやプロデュース会社について、どのように思われますか?
 プロデュース会社は建主の好みや需要に応じて建築家をコーディネートするところです。建主の好みと建築家の作風やコスト、人柄との相性で選ばれますし、得意分野やテイストの違いなどで建築家のすみわけも比較的バランスよく出来ているように思います。
 コンペを中心としたところでは、建主がまだ建築家を誰にするか決めかねている場合や、ハウスメーカーにするか建築家にするか決めかねている状態も少なくありません。他と比較して決めたい、安心が欲しい、という感覚でシステムを利用する傾向があるのではないでしょうか。
 私は参加したことはありませんがネットコンペもありますね。プラン提案が無料というものもあるようですが、設計という行為はかなり時間とコストがかかるものです。建築家の地位の向上という意味でも何かしっかりとしたルールづくりが必要なのではないでしょうか。ネット上に無料でプランが氾濫するという形は好ましいとは思えません。プロデュース会社の登場により、設計依頼のチャンネルが増えたと考える建築家も少なくないでしょうし、建築家の敷居を下げたことはまず間違いないでしょう。直接建築家に頼みづらい人にとって、しっかりとした窓口があり、各建築家の作風、特徴や人柄などをよく知るコーディネーターがいるプロデユース会社は、小さなアトリエ事務所を直接訪れるよりもずっと入り易く、安心感があるのだと思います。
 プロデュース会社も我々建築家も淘汰されながらも今後も共存していくのではないでしょうか。我々がきちんとした倫理観をもって、プロデュース会社を選ぶことがまず大切だと思います。

● 今後の活動について教えてください
 やはり住宅設計を中心にやっていきたいですね。機会があれば、小さな住居群をまとめて設計するとか、小規模な美術館とか、思いっきり造形的なものとかにも挑戦してみたいなとは思っています。

■ インタビューを終えて
 お話を伺って、今後住宅を手掛ける建築家には、

・生活者の視点に立ち住まい手の希望に耳を傾ける
・円滑なコミュニケーション・十分な技術とノウハウ
・独自の美的感覚を操るバランス感覚、

が必要だと感じました。
まずは粘土をこねることから始めてみますか?

〈聞き手:編集委員 倉島 和弥・湯浅 剛〉


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