JIA Bulletin 2008年8月号/覗いてみました「他人の流儀」
菅野民子氏に
「インテリアと建築の狭間」を聞く
取材風景、写真右:菅野民子氏
(取材風景、写真右:菅野民子氏)
聞き手:Bulletin 編集委員

 インテリアコーディネイター(以下IC)という職業がある。資格もある。なのに、私の狭い世界での話だが、建築家と一緒に仕事をしているという話を聞かない。しかし、一般の認知度は高く、住宅展示場やマンションのモデルルーム、建て売り住宅など、あちこちで活躍している。その素敵なインテリア空間を見ることができる。建築家のそれとは明らかに違う。
 資格ができて四半世紀以上が過ぎた。
「建築とインテリアの間に何か深い深い溝(違い)があるのか?」「インテリアと建築空間は一体ではないのか?」ずっと違和感を感じてきた。


 そこで、古い知り合いに声をかけてみることにした。約30年ぶりにお会いする口実もかねて……。

 

● この世界に入るきっかけ、事務所設立までの経歴からお話ください。

 うちは少し変わっていて、自宅に『新建築』があったの。だから小学生の頃は絵本みたいに建築の写真を見るのが好きだった。中学生の時、神奈川県立青少年センター(前川國男の音楽堂・図書館)のコンクリート打ち放しをみて、かっこいいって憬れてしまった。
 学校を出て大きな設計事務所に入ったのだけれど、その仕事内容に幻滅して……。それに、もっとインテリアを勉強したいと考え、インテリアスクールに通うことにした。
 つまり、設計段階からインテリア空間や生活の仕方を、きちんとくみ取り反映させないといけないって、強く思ったの。最近はずいぶん良くなってきたと思うけれど、設計の人(その頃私が関わった人たち)って、生活者の視点に立っていなかった。どんな空間でどんな生活をするか考えてないのよ。テレビとソファの距離が近すぎたり、ソファも置けない、座る場所も考えていないのにリビングって書いてあったり、窓ばかりで絵もかけられないといった具合。(言い過ぎたかしら?)
 そこで、インテリアの基本を学び、アメリカのインテリアデコレーターのようなことが、日本でできないかなって思って。卒業して家具メーカーの事業部に勤務後、鉄道系不動産会社で、注文住宅のインテリアを手がけ、ずいぶん好きなことをやらせてもらえた。モデルルームでは、実験的なこともできたので、とても良い経験になったし自信も持てた。設計との間では、やはり始めはうまくいかなかったけれど(笑)。相変わらず間取りや経済性だけで、プランを決めていく設計を説得するのに苦労した。インテリアなんか、内装材や照明器具を決めるだけのことだと思っているのよね。時間はかかったけれど、少しずつ理解してもらえたとは思ったけれど、結局、良いインテリアは設計からスタートしないとだめだと思い、独立したの。ちょうどその時、ある建築家と出会い、一緒に仕事をすることになったのもきっかけ。


● ここで、住宅作品を拝見……

インテリア作品:田園調布Y邸
 この頃はバブルの時代だったから、億単位の大きな家に関わらせてもらって、良い時代だった。それでも予算との戦いは大変。インテリアに十分お金をかける意識が、まだまだ施主の側にない場合もあって、お金をかけるところと押さえるところを調節する。でも、バランスがうまくいけば、より良いインテリアを作ることができる。設計から入り込み細かなところまで提案できたし、受け入れてもらえて良い仕事ができたと思う。


● 事務所での仕事内容は? 最近特に主だったことは?

 建築家であるパートナーが他界されてからは、時代の変化や住宅設計への不条理も感じ、インテリアの底上げに徹しようと体制を変えました。今は、女性三人(30代、40代、50代)の共同体です。各自がそれぞれの役割を果たしています。V.MD.(ヴィジュアル・マーチャンダイジング)、ブランド開発の提案、プロダクトデザインからグラフィック、トレンド情報の発信と啓蒙、コンセプト作りから躯体以外の全てに関わっています。
 特に、私自身としては、一般の人にインテリアの知識を普及したいと思っています。最終的に、ICなんかいらない(極端だけどね)って。生活者自身が自分でインテリアを考え、実行できるようになればいいと考えているの。
 そのために、インターネットに文章を書いたり、セミナーを開いたり。もちろん、対象はプロや業界の場合もあるし一般生活者の場合もある。
 最近はミラノ・サローネや、パリのメゾン&オブジェを取材し、系統的にまとめて情報発信している。


● 設計者との関わりの中で、設計者が生活をきちんと捉えていないという問題を感じたということですが、なぜそうなってしまったのでしょうね。どこに問題があると思われますか?

 私が仕事を始めた頃に比べれば、ずいぶんとインテリアへの意識もレベルも高まってきていると思うし、状況は良くなってきている。
 一つは教育かな。
 日本の建築教育って工学なのよね。そしてバウハウス。装飾することへの罪悪感や嫌悪感、装飾をする行為が格好悪い。それがインテリアに垣根を作る原因になっていないかしら? 建築学科でインテリアなんか教えないでしょ? ちゃんとインテリアを教えられる人もいないのよ。特にインテリア様式とか歴史的なこと。スケールとかバランスとかリズムとか当たり前だけど基本的なこと。
 でも、もともと日本人って、着物の柄あわせとか色あわせとか自由だったのよね。そんなセンスが生きていない。バウハウスになっちゃう。
 もっと自由になったらいいのにと思うわ。
□最近の学生さんはどうなの?(逆に質問される)
 身近なものに目を向ける子が増えているように感じます。男の子も含めてね。それに、僕たちの頃に比べると、良いものに触れるチャンスが増えているし、情報も豊富ですね。
 それは心強いわね。まだまだこれからよね。
雑誌なんかも含めてインテリアのレベルも上がっていると思うし、車のコマーシャルなんかでも、インテリアを引き合いに出したり、期待できるわよね。


● 建築家と共同作業をし、ICとしての職能を発揮されていたので、建築家とのコラボレーションには特に抵抗はないと思いますが、(信頼関係をゼロから築くのは大変でしょうけど)別の建築家と同じようにコラボすることはできますか???

 

事務所風景

 まったく問題はありませんよ。垣根を作っているのは建築家の方じゃないかと思うわ。
 言い過ぎかもしれないけれど、インテリアを低く見ているんじゃないかしら? そんなことない? 自分の創る空間をいじられたくないとか……。それを望む施主には良いけれど、そうでない場合はもっと生活感を意識すべきよね。設計がそこまでできて、施主にもインテリアの知識があったらICなんかいらなくなる。


● 建築家がすべきことってなにかありますか?

 建築だけでなくもっとデザイン全般、海外のインテリア情報やトレンドの方向性も知った方がいいと思うわ。世界中から最新の情報や商品も手に入りやすくなったし、施主のニーズも多様化しているでしょ。
それから、もっと違う世界にも出て行くべきよ。海外の建築家って、家具やプロダクトや、いろいろなデザインに関わって成果を上げている。日本でもいないわけじゃないけど、もっと積極的で良いと思う。

 

■インタビューを終えて

 建築雑誌のインテリア写真は、生活感のないできたばかりの箱である場合が多い。最近はスケール感や、関係性を見せるために、わざわざ人を入れるケースもあるが、住宅を生活の器として捉えるなら、生活を伴ったインテリアが建築空間と融合しているべきなのだろう。
 昨年完成した小さな旅館の話をした。久しぶりに色も柄も使ってコーディネートらしきことをしたこと。それがとても楽しかったと。自分はこういうのが好きだったんだと。そしたら、そうでしょ、楽しかったでしょ。できるんだからもっとやったらいいのよ、やるべきよ。
 励まされて帰ってきた……。  

 

〈聞き手:倉島和弥・田中宣彰〉

■菅野民子氏 経歴


● 建築設計事務所、インテリアデザイン事務所、家具メーカー、住宅メーカーに勤務
● 1996年KANNO設計室設立、住宅の設計・インテリアデザイン、店舗のデザイン
● 2006年SENSIBILIAセンシビリア設立、「生活-LIFE STYLE」に着眼点を置き、感性や感覚に訴えかけるためのブランド開発、デザイン戦略、デザイン業務
● (社)日本インテリアデザイナー協会正会員
● 二級建築士/インテリアプランナー/インテリアコーディネーター/照明コンサルタント
● 第18回、第20回INAXデザインコンテスト入賞。
● 2001年〜2005年、IFFT東京国際家具見本市特別イベントのプロジェクトメンバーとして参加。

菅野民子氏


SENSIBILIA(センシビリア):http://www.sensibilia.jp/
All About「インテリア実例」ガイド:http://allabout.co.jp/living/interior/


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