■渡辺さんが今のお仕事をされるようになった経緯を、ご紹介いただいてよろしいですか。
実家が看板屋をやっていて、サインは子供の時から身の回りにあるものでした。高専でプロダクトデザインを学びました。文字とか色とかに興味があって、製品のデザインでは飽き足らずに、多摩美のグラフィッククデザイン科に進みました。卒業後はすぐに空間的な仕事に入ったのではなく、当時盛んだったCIを中心の仕事からスタートしました。CIが下火になってきて、丹青社にいたこともあって、空間系の仕事に入っていきました。普通はサインをされる方は空間系、プロダクト系、インテリア系が多いのですが、私はグラフィックからアプローチしています。転機になったのは坂倉事務所とサインの仕事をさせて頂いた経験から、建築が好きになって、今は、建築の中でグラフィックをすることが一番多い仕事です。家具のデザイン、名刺などのグラフィックの仕事もリクエストがあれば、させていただくこともあります。色々な経験を経ていまのスタイルになったと思います。
空間のデザインをやるには、建築の事が分かってないといけないので、よく勉強しています。このアトリエの本棚にはグラフィックの本より建築の本が多いです。実は弟が建築家ですので、このアトリエや、隣の住宅の設計の際、色々と建築家の思想や発想に影響を受けました。
当時の坂倉事務所は建築から家具からサインからアトリエ内で、何でもやっていました。最近は建築の規模も大きくなったこともあり、分業化が進んでいて、建築家の範疇が変わってきていますかね。
サインの仕事も、昔は施工者の下のメーカーさんのサービスとしての役割だったので、設計者としての立場で仕事ができるようになったのは、ほんとにごく最近ですね。それは照明デザイナーさんと同じような状況です。
アトリエを立ち上げて14年になりますが、ESDを指名してくださる建築家の人が増えてき、随分やりやすくなって、やりたかったことが実現できるようになりました。最近は「建築とサイン」といった講演会をさせていただく機会も増えています。
■エモーショナル・スペース・デザインの由来をおしえてください。
多摩美で学んだ心理学の箱崎先生の授業の中で、エモショーナル・スペースという言葉がでてきました。たとえば月にいくロケットに乗っているとどんな室内環境が相応しいか。空間の設えの中でいろいろな気持ち、感覚になれる。それがとても面白いと思っていました。そこに合う家具やサインもオーダーメイドでつくらなければ、その空間が成り立たない。今だと当たり前ですが、20年前だとそんな意識が世の中に少ないように思っていましたので、社名にしました。
ただ、エモーショナルという単語には、英語の解釈で、短気、感情的だという意味があるらしく誤解も生むこともありますが、我々は気に入っています。
■目にみえる(Visible )サイン と見えない(Invisible )サインとは
文字やピクトグラムを付ける機能として、目に見える直喩的伝達表現のサインだけではなく、見えない暗喩的伝達表現が大切だと最近考えています。具体的な作品を通じてご説明します。
オラクルさんのオフィスでは、何階かわかるように階段室を色分けした例です。24階分の色分けですが、外資系の会社ですので、ワーカーに外人の方が多く、緑色系だけでも豊穣にある日本の伝統色で、各階のイメージを構成しました。その階には例えば" 常磐色”と古来よりの色の名前がつき、単なる青、赤、黄でいう色の表現を越えるものを目指しています。
山梨県免許センターでは、床面のゴムタイルがゼブラのデザインになっています、これは横断歩道なんです。免許センター手続きの動線はひと筆書きになっていますので、横断歩道のゼブラに沿って歩いていけば、免許センターでの要件を順路よく済ませることができる。単調な手続きの時間の楽しみにもなる。ここに横断歩道が隠されていることが、分かる人には分かる。このように緊急性がない場合、問題がない場合には、人間の五感に訴えるような仕組みを考えています。駅とか空港ではこのような“わかるかもしれない”といった緩い情報の発信方法は、できません。場所や施設の性質によりやり方を変えています。
このアトリエも、きれいなサインで会社名を入れようとしましたが、弟に拒否された結果、玄関の扉を赤くすることだけにしました。赤い扉がアトリエ、いうことで伝わればそれで良いと思っています。
オラクル
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グリーン
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免許センター
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免許センター平面
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■どんなことから発想されてますか。
仕事柄、国内外の街をよく歩きます。いろいろな物から情報・インスピレーションを得ています。
たとえば道路脇にタイヤが並べてあれば、駐車禁止と書いてあるわけではなくて、車を止めてはいけないことを示唆している。
Invisibleな情報ですね。塀の上にはめ込まれたガラスがあることで、実際に機能するかということより、侵入者に対してのビジュアル的に制止力がある。塀に侵入禁止とは書いていない。こんなことで人の行動を規制したり、誘導したい。高度成長期後の日本のサインは直喩的、西洋的だったのかもと考えています。数字とか大きな文字を書いて伝える。ストレートな表現が多かった。暗喩的とは本来の日本的なサインとも言えるかもしれません。成熟した社会では文字情報だけでない情報をいろんなものが“ウイット”とか“いき”とか、色気とか日本的、暗喩的な情報を、色とか設えでサイン性をもたせたいと考えています。ユビキタスの社会が進んでいけば、街にあふれる直意的なサインも必要なくなってくる。心が和むサインもあってよいのではと、例えば、これは僕がすきなピクトサインなのですが、男女が人目でわかるし、使う人もニヤッとできる遊びもある。個人的にはストレートな表現より、ひねった表現が好きなところはあります。
■最近のお仕事で、変わってきたことはありますか。
最近は設計の当初より参加させて頂くことが増えました。早く設計に入れば、ダイナミックに建築と一体となったものを作ることが出来ます。床の材料を決める、壁の材料を決める、色を決める、家具をデザインすることが多くなっていますね。建築にどんどん近付きたいと思っています。
ホテルとかインテリアデザイナーの世界があって、そこは私のフィールドでないかもです。建築家がいてインテリアデザイナーがいない。そんな仕事が多い、隙間産業かもです。色々な建築に色々なかたちで、はまりますよ。
広州、重慶、上海、サウジアラビアなど、国内外の設計事務所との仕事が増えています。昨日、重慶から帰ってきたばかりです。中国では大きなプロジェクトが多いです。中国での建築で求められていることと同様に、どちらかというと、見栄がかり的にデザイン、スタイリングの面白さはもとめられます。サインというもので円滑に動線を補助するとか機能的なものを求めているケースが多く、情報の表わし方も、直接的なものが求められます。中国では日本的な感覚よりも欧米的な感覚が強く、暗喩的なものは伝わりにくい。また、ゼネコンさんがいないこともあってか、最終のクオリティをあげることがなかなか難しいですね。
■昨年の震災以降で変わったことや、これから建築界や建築家がこんな風になったら良いと思ってらっしゃることはありますか。
3.11以降は復興関係でデザイナーができることは参画しています。サインに限定すると、節電で暗い街を経験することで、今までは、輝度が強いものが多かったと気付いたことでしょうか。照度も明るすぎた。真っ白な盤面で煌煌と光るサインではなくて、アッパーライトでやわらかく光るサインに変わっていければ良いと思います。
街の灯りの適正度を理解された、最初はさびしく感じたものが、心地よく感じたりしました。海外は暗いですね。昨日までホテルにいましたが、老眼で見えなくて困りましたけど、これが自然なことなのかもしれません。夜になったら細かい文字を読まなくてもいいかな。照度と情報の適正加減も同じことで、街のお腹いっぱいの情報も変わってくるかもですね。たとえば、日本の家電はまだ分厚いマニュアルがありますが、マッキントッシュのマニュアルは最近薄くなった。 情報の整理の時代になってきたようにも思います。そんな意味でも、サインの多い建築は良い建築でないかもしれません。建築がちゃんとしていれば、情報としてのサインは最小限でよいわけですから。
いつもお世話になっているので、建築家の方に要望なんて言い難いところがありますが、冒頭にもありましたが、建築の世界の分業化が進んで、我々の出番も増えてきた面もあると思います。しかし、分業化が進めば進むほど建築家の強いコンセプトやリーダーシップが必要ではないでしょうか。もちろんアトリエ系と組織系で違っていますけど。建築家とは、コルビジュエや坂倉から始まった頃は総合芸術の人だったと思います。アーキテクトは束ねる人という意味もありますから。昔に比べれば強い意志を持って一つのプロジェクトをぶれることなく完遂させる建築家が減ったようにも思います。昔、坂倉事務所で、建築家の方に『建築の事が、何も分かってない』と厳しい言葉で良く叱られましたが、今思うとすごく魅力的な時間だったと思います。
〈聞き手:田中宣彰 湯浅剛〉
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