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建築ガイド
建築保存物語
建築保存物語(1)千葉県立東葛飾高校旧本館(1924年)

写真と文 兼松紘一郎

愛おしき母校たち

木造校舎群は既に建て替わっていたが、ただ一つ残っていた職員室や教室のあった、RC造2階建ての旧本館が壊されそうだと、JIAの機関誌ブルティンに記事が載った。PTAと生徒会が中心となって保存活動をしているという。あわてて高校に電話をした。既に解体中だという。1994年の出来事だ。

一瞬にして、文学部の部長として文化祭の実行委員長もやった輝ける青春時代の記憶、高い天井と木製ブロックの床、テラゾーで造られた階段の手すり、教室の光と影、ざわめきが蘇った。後に知る事になるが、この1924年に建てられた校舎は、千葉県に残る近代建築思潮の嚆矢だった。僕の母校、柏市の千葉県立東葛飾高校の歴史の一齣である。記事に書かれていた「取り壊そうという見えない意思」という一節が気になった。

PTAの会長を訪ねた。驚くことばかりで話が弾んだ。大学紛争に端を発した教育改革に影響され、県立校でありながらも中間考査なしなどの東葛方式という独特のカリキュラムで教育がなされているという。制服はなし、部活は至極活発、旧本館は今ではその部室として使われていて先輩連が出入りし、窓ガラスが割れてもメンテをしないなど荒れていて、先生方も入りにくい生徒の牙城になっていた。 この校舎は関東大震災のあとの大正14年に建てられた県内では唯一残っていた耐震校舎だった。だが誰が策定したのか判らない「危険だ」という`怪耐震診断書`があった。恐ろしいことだと思った。同時に好奇心が湧き上がった。これが僕の数多くの建築の保存に関わることになった発端である。

19年経って改めて考える。赤紙で召集された父が戦没し、故あって柏小学校に入学、父の実家のある長崎、暮れに熊本県天草の下田村北小学校に転校、僕が訪れると天草にいる同級生が集ってくれる。 天草市になったこの過疎の村は、学んだ沢山の学校と共に僕の「生きることの原風景」だ。その全ての小学校も、入学した長崎中も転校した柏中も、駿河台の明治大学にも、僕の学んだ校舎はない。

これが保存!と揶揄された本館玄関ホールのポーチの写真
これが保存!と揶揄された本館玄関ホールのポーチ

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