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建築ガイド
建築保存物語
建築保存物語(2) 吉田五十八自邸(1944年 神奈川県)

写真と文 兼松紘一郎

近代数寄屋の粋を

「五十八邸が危ない」と前野まさる東京藝大教授から電話があった。JIAの保存問題委員会委員長だった僕は委員会にはかり、藝大OBの秋山信行さんとこの邸宅のある二宮町の役場で様子を聞いたあと立ち寄ってみた。木戸が開いている。恐る恐る覗き込むと竹箒を持ったおじさんと目があった。その背後に写真で見た玄関がある。

吉田五十八邸だ!見せて貰えないかと頼むとニコリと笑い庭へ案内してくれた。吉田五十八は、東京藝術大学(現)で教鞭をとりながら近代数寄屋の確立に取り組み、1964年には文化勲章を得た建築家である。大きな窓の前に製図版を置き、芝生の中に白砂利を敷いた川のあるこの庭を見ながら、正座して数々の名作のスケッチをしたのだ。この日の感動がその後の僕たちを支えることになった。1998年2月だった。

五十八没後夫人から譲渡された所有者の経済状況が悪くなり、銀行管理となる。建築学会やJIAから保存要望書を提出したが、ついに小田原地裁で競売に付されることになった。このままでは競売が公告され、開発業者が落札すれば、取り壊しという事態も起こりかねない。僕は前野教授、JIAの委員、藝大OB、地元の町民や建築家などに声をかけて、前野教授を代表に、僕が事務局を担う「旧吉田五十八邸保存を考える会」を発足させた。競売資料収集を行い、銀行に赴いたが相手にされない。手詰まりになって買い手を探すことにし、譲渡時の候補のお一人だった女性に声をかけた。渋る所有者から大よその査定額を聞き出し、競売を取り下げることを前提として売買契約にこぎつけた。これで全てがうまくいくはずだった。

ところが銀行がその金額では納得しない。買い手候補の女性は所有者に不信感を持ち「やめた!」と宣言、ついに競売になった。僕は競売が不調になったら購入を再考してほしいと再三お願いし、眠れない夜を過ごした。

12月15日、支援してくれた読売新聞記者から弾んだ声で「不調」の一報が入った。地裁からだ。後日、約束通り競売特別売却制度で購入してくれた取得者から「私がやめたと宣言した時によく粘ってくれたわね」と感謝された。時は巡るが、近代数寄屋の粋があの場所にあることを忘れない。

玄関廻り
玄関廻り
庭から
庭から
五十八邸内
五十八邸内
五十八邸内
五十八邸内

五十八邸外観
五十八邸外観

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