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建築ガイド
建築保存物語
建築保存物語(3)国際文化会館(1955年東京)

写真と文 兼松紘一郎

いまだそこにある危機

 かつてこう書きだした一文がある。「庭園を望むカフェに、古参の会員や大学教授、教え子が集まった。そして僕がいる。今では戦友と言いたい6名のメンバーによって東京六本木に建つ国際文化会館(Iハウス)のあり方を考える『Iハウス21世紀の会』をつくった。僕は事務局長を担う」。僕はここでシンポジウムをやってこの建築の魅力と価値を引出し、存続に向けての課題を会館の会員と共に考えようと提言した。2004年のことだ。古参会員とは隣地にあるマンションの理事長を担っているジャーナリスト椎木輝實さんである。以降時折り地階のレストランで小川治兵衛(植治)のつくった日本庭園を望みながら昼食をご一緒し、今ある課題を考察する。モダニズム建築の代表作が建つこの敷地は旧岩崎小彌太邸の跡地なのだ。

 戦後間もない1955年、戦後日本の文化人の国際交流を推進するために外務省の思惑の中でロックフェラー財団の寄付などを得て前川國男・坂倉準三・吉村順三の共同設計によってこの会館は建てられた。しかし50年を経て運営状況が悪化し、高層に建て替える理事会決定がなされていた。若き日この設計に関わった鬼頭梓さんの3人の建築家の面白い話で会場が湧いたこのシンポジウムが、会館存続の切っ掛けになったと言える。建て替えのために就任された三菱銀行頭取などを歴任された高垣理事長は話が違うと困惑されたと思うが、壊していいのかと踏みとどまった。有識者を招いたヒヤリングを繰り返し、敷地の一部を森ビルに売却し改修して残す決断をした。建築学会に委嘱して僕も参画した委員会を構築、監修体制も確立させた。

 2006年に完工した会館を訪れて思うのは、増改修を担った三菱地所設計の技術力とデザインの力だ。この存続経緯を知らない人何事もなく建っていると思っているだろう。会館にはコルビュジエが訪れたなど様々な物語があるが、一部土地売却をしたことによって再開発の波を受けることも予測される。本体が壊されることはないとしても講堂が気になるし、道路が拡幅されると岩崎邸時代の石垣と築地塀がなくなり、閑静な街並みも失われる。いまだそこにある危機だ。どうしたものかと思う昨今である。

※兼松ブログ(2006年3月29日)http://blog.goo.ne.jp/penkou参照


国際文化会館の改修前
国際文化会館の改修前
改修後右下地階にホール増設
改修後右下地階にホール増設
1Fエントランスホール、階段新設
1Fエントランスホール、階段新設
研修室
研修室
階段室
階段室
増設された地階(階段室)
増設された地階(階段室)

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