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建築ガイド
建築保存物語
建築保存物語(5) 旧東方文化学院(1933年)

写真と文 兼松紘一郎

歴史を留めておくこと

建築の保存活動・運動の記録を後世に伝えるとともに、その建築が建つに至った歴史を紐解いて書き留めておくことが必要だと思う建築がある。文京区大塚一丁目の閑静な文教地区に建てられ、現在は拓殖大学の校舎として存在している「旧東方文化学院」はそういう建築の好例である。

2001年2月23日に発足した「旧東方文化学院の建物を生かす会(以降生かす会)」の設立趣意書と活動記録の一節に「その建てられた経緯に思いを馳せる時に、日中間の不幸な歴史を抜きにして存在しない」とある。不幸な歴史とは「義和団事変」で、この建築はその賠償金により1933年に建てられたのだ。設計者は東大本郷キャッパス(現)など近代建築を築いた内田祥三である。大川三雄(現日大教授)はシンポジウムでこの建築を帝冠建築とは言わず、東洋の建築様式を取り入れた「日本趣味」の建築だと言い切る。新しい建築史感が浮かび上った。

保存運動の発端は、この建築が建っているのに文京区議会で跡地利用の検討がなされていたことによる。この建築は中国文化を研究する「東方文化学院」から雅子妃も在籍した「外務省研修所」になり、そこでの中国研究者は東大東洋文化研究所に吸収される。研修所は相模原に移転されて空き家になり、外務省の資料には売却と公示、財務省管轄となり文京区議会で跡地利用論議がされたていたのだ。

数名の有志が集って準備会を開き、外務大臣宛の保存要望書提出の検討をしたが負の遺産による日中関係に悩む。登記簿謄本や公図を取得して原状確認。外務省に要望書提出を打診し管理課の受諾を得、河野洋平外務大臣に保存要望書を提出、見学会の許可を得た。大川三雄の案内で見学会を開催した。歴史の研究者やJIA所属の建築家に声をかけて会則を精査、69人の発起人によって会長に前野まさる、僕が副会長、多児貞子事務局長と8人の運営委員による「生かす会」を発足させた。僕がコーディネーターを勤めてシンポジウムを開催。窪徳忠元東方文化学院研究員・東大名誉教授の資金に苦しんだ中国研究時のエピソードに笑いが起きたが、この建築の持つ懐の深さを感じた。さらに文京区長、拓大とも面談。要は縁のあった国会議員河村たかし(現名古屋市長)が関係部署に状況打診、超党派の議員の署名を得た要望書を田中真紀子新外務大臣に提出。財務省はこの国有財産を10年間は壊さないことを条件に拓大に売却。そして現在がある。その縛りの10年を経たいまこの建築の存続が気になっている。(文中敬称略)

旧東方文化学院屋根
旧東方文化学院屋根
旧東方文化学院屋根
旧東方文化学院屋根
旧東方文化学院外観
旧東方文化学院外観
旧東方文化学院階段
旧東方文化学院階段

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