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建築ガイド
建築保存物語
建築保存物語(7) 中銀カプセルタワー

写真と文 兼松紘一郎

我が想う建築家黒川紀章(2)

 中銀カプセルタワー(以下中銀)はまだ建っていて、手を入れながら使われている。

 JIA、DOCOMOMO、建築学会からの保存要望書を、中銀管理組合の理事長に提出したのが2006年だった。そのいずれも僕が担当することになったのは、2005年に行ったDOCOMOMOで選定した150選の建築展のときに、選定した黒川の設計した寒河江市庁舎の原図確認のために黒川の事務所を訪ねた折、中銀の現状を知り、黒川との密な関係が生まれたからだ。理事長と面談、この建築の要でもあるメタボリズムという建築思潮を実践した中銀と黒川の位置づけを伝え、管理組合の抱えている課題の説明を受けた。だがその後はドタキャン、その背後には建築を買い取り転売するというアメリカの投資銀行の存在があり、管理組合では或る設計事務所に委嘱して中銀を解体するワンルームマンション計画がなされていた。それに伍して黒川は、鉄筋コンクリートによるコアを耐震改修しカプセルを造り替える(正しくメタボリ・新陳代謝だ)計画をたて、当初の工事を担った大成建設と工事費の策定をやり、資金調達の検討も行った。

 東大生研問題について篠田義男は「一体何が問題だったのか?」と題した一文をJIAの機関誌に寄稿し、釈然としない思いを吐露したが、都市に建築を建てるときには常に建っている建築の存在があり「時の継承と新しい時代に挑むときとの相克」という命題に僕たちは直面することになる。反面教師とは言いたくないが、東大生研での黒川の志業は、僕だけでなくJIAにとっても建築を考えるときの心に留め置く課題となった。その黒川と時折長電話をすることになった。「僕も若くて未熟だった。カプセルの取替えや設備更新ができなくてねえ!」などと言うものだから、思わず他人には言わないほうがいいですよと、諭す羽目になったりもした。

 2006年9月、神奈川大学で行った建築学会大会での「モダニズムから70年代へ」と題したシンポジウムで、僕の趣旨説明の最中、黒川がカートを押しながらそろそろと檀に向かって歩いてくる。オーラが漂い会場がシーンとなる。体調不全を押してパネリストを引き受けてくれた誠意に感銘した。黒川が逝って6年。今の美術館もの力的だが、一部ではなく旧東大生研の全てを保存改修した黒川の新美術館と、新陳代謝された中銀の晴れ姿を見たかったと思うと思う昨今である。(文中敬称略)

黒川の居室 1
黒川の居室
黒川の居室 2
黒川の居室
中銀カプセルタワー
中銀カプセルタワー
高速道路から見る中銀

高速道路から見る中銀

東大生研模型
東大生研模型

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