建築家onlineは、日本建築家協会関東甲信越支部が一般の方々向け に建築や建築家についての情報をお届けするサイトです。


WWW を検索 サイト内検索
建築ガイド
建築保存物語
建築保存物語(9) 伊藤博文別邸−光友倶楽部−

写真と文 兼松紘一郎

故郷への移築

 何気なくNHKのテレビドラマ「はじまりの歌」を見ていたら、奇妙な既視感に囚われた。9月23日の夜。オヤッと思ったドラマの舞台となった木造下見板張りの小学校は、萩市の明倫小学校だった。一瞬にして12年前の出来事が頭を駆け巡る。

 明倫小学校は、萩市教育委員会の柏本さんに案内してもらった魅力的な建築。でも萩での僕の舞台は、椿東公園に移築した旧伊藤博文別邸和館の竣工式典である。やむごとなきとしか言いようのない伊藤博文のお孫さんなどの一族が列席する中で、野村市長、伊藤家の当主、ニコンの担当者と共にテープカットと記念植樹を行った。時を経た今でも、金色に輝く鋏の切れ味の感触が残っている。 

 旧伊藤博文別邸は、明治40年(1907年)東京品川区の大井に宮大工伊藤万作の手によって建てられた、木造2階建ての和洋併置式による邸宅である。博文の子息邦博公が住まわれた後、上杉家を経てニコンが昭和19年に取得したが、建物が傷み維持できなくなった。JIA保存問題委員会委員長だった僕は、ニコンや品川区に保存要望をしたが財源がなく、取り壊されることになる。この邸宅が人生の伴侶だったと言うニコンの管理担当者と相談し、会社の許可を得てお別れの見学会や茶会を行った。そこで文化財調査をやる事務所の福田省三さんから萩市へ移築の相談をしてみるのはどうか耳打ちされた。頼むよ!と答えると彼はJIAの委員長の肩書きをつけた僕の名で萩市へ連絡した。市長と教育委員が飛んできて、和館の一部を引き取ってくれることになった。

 萩市は山陰の海辺の小さな城下町。木戸孝允、高杉晋作、吉田松陰の郷、驚いたことに山県有朋、桂太郎、田中義一と、松陰の松下村塾に学んだ伊藤博文など4人の総理大臣を輩出し、長州藩毛利の殿様の萩城址のある歴史を内在するまちだ。そこに菊竹清訓の市民会館や市庁舎、丹下健三の美術館があり、歴史とモダニズムが混在している魅力的なまちである。

 2001年の3月、山口県萩市教育委員会から電話があった。基準法適用などに手間取り移築完成までに2年掛かったが、交通費や宿泊費用の工面ができないが竣工式に来てくれないか!駄目もとでJIAに電話をしたがやはり駄目!でも見たい。自費ででも。明倫小や旧木戸孝允邸など市内の建築群を案内してもらった後、車で山口まで送ってもらう道中文化財談義を取り交わすなど意気投合した柏本さんは考古学の出、何をしたことでもないが、その後の僕を培った出来事だった。 

博文一族
博文一族
博文邸外観
博文邸外観
博文邸和室
博文邸和室
2階廊下
2階廊下
博文別邸室内
博文別邸室内
明倫小学校
明倫小学校

新建築家技術者集団「建築とまちづくり」連載記事