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建築ガイド
建築保存物語
建築保存物語(21)
那覇市民会館(1967)と 聖クララ教会(1958)-2-

写真と文 兼松紘一郎

新しい時代を見据えて

 JIA那覇大会に出かけた2002年10月は、建築家としての僕の沖縄感が微妙に変わる節目になったのだと、12年を経て振り返る。そしてそこには人がいるのだとの想いを深くする。同行した一回り若い藤本幸充はその一人。クリスチャンとして沖縄の教会への好奇心が在っての訪沖だった。
 斎場御嶽へ出かけたら、樹木の根が這う通路でここに結界を感じると述べる感性豊かな建築家である。親交のあった琉球大学の講師に誘われて、ライブハウス寓話へ僕を連れ出したのも藤本だ。そして魅力的な教会があると「聖クララ教会」へ僕を引っ張って行った。僕は瞬時そのとりこになり、藤本とも相談しDOCOMOMO100選に選定する。

 終戦2年後の1947年、焦土となった沖縄支援のためにアメリカのフランシスコ修道会の方々が來沖したがその惨状に愕然とし、復興のために修道女の活動が必要だと、中庭を抱え込む小さな修道院を併設した教会を建てた。尖塔のないバタフライ型のフラットルーフ。与那原の小高い丘に建ち、住民はこの姿を仰ぎ見、神父やシスターは壁面一杯に設置されたステンドガラスからまちの復興を見守ることになる。設計をしたのは米軍基地の施設を担ったSOM(アメリカの設計事務所)などの通訳として赴任した建築家片岡献。後に花ブロックと言われることになる穴あきブロックを外壁の妻側やエントランスと中庭との間に設置、台風や猛暑との調整を見据えた空間領域をつくった。

 根路銘は、この教会の存続に向けて2005年からこの会堂で建築士会島尻支部主催によるコンサートを開催してきた。そこには沖縄の平和を願う音楽家海勢頭豊とその子女バイオリストの`愛`がいる。

 僕が根路銘と出会ったのは実は2011年。根路銘を継いで支部長になった構造家新川清則と、その同僚建築家でもあるDOCOMOMOメンバーの塩真孝彰の紹介による。DOCOMOMO選定プレートを持ってコンサートに参加、ラサール神父に送呈しこの建築の魅力を満席の会堂で述べた。2015年は2月11日、僕も出かける。

 2014年5月、根路銘は那覇市民会館の存続を願って建築展をやり、大ホールでシンポジウムを開催した。タイトルは「世界のなかの沖縄文化」。基調講演は渡邊欣雄教授、パネリストに詩人川満信一、建築家真喜志好一。本土の人間が!とためらったが請われて僕はコーディネーターを務めた。海勢頭豊は沖縄の音楽を奏で会場を魅了する! <文中敬称略>

那覇市民会館1 兼松撮影
聖クララ外観
那覇市民会館2 兼松撮影
会堂
那覇市民会館大ホール
ラサール神父にDOCOMOMO選定プレートを送呈
那覇市民会館2階通路
右手に中庭を見る通路
那覇市民会館植栽
会堂から見るまち
那覇市民会館2階通路
ステンドガラスから見るまち
那覇市民会館植栽
エントランス通路と花ブロック
那覇市民会館植栽
修道室に囲まれた中庭

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