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建築ガイド
建築保存物語
建築保存物語(26)
神奈川県立近代美術館(本館1951年・新館1966年 鎌倉市) 

写真と文 兼松紘一郎

「近美100年の会」の活動と共に 

 「鎌倉からはじまった1951−2016」と題した鎌倉近美(神奈川県立近代美術館鎌倉館)での展覧会の案内が届いた。「近美100年の会」を高階秀爾美術史家を代表に、事務局長を担って2001年に創設した僕は、この美術館を閉館し今年度末鶴岡八幡宮に返還することを周知しているとは言え、身が震えた。

 本館はル・コルビュジエに学んだ坂倉準三が戦後間もない1951年に建てた日本のモダニズム建築の嚆矢。館長を勤めた土方定一が望んで1966年に増築したガラス張りの「新館」を坂倉の元で担当したのは戸尾任宏と室伏次郎。知事が替わり、使用した耐候性鋼が傷んだが手を入れずに閉館したその新館の存続が気になっている。案内書に記載された水沢勉館長の`鎌倉館閉館にあたって`という格調高いメッセージには、戦後の美術界で近美がなしてきたことと共に、「`鎌倉近美`と愛称された」と敢えて書くこの二つの建築への熱い思いが言外に読み取れる。

 「小さな箱・大きな声」と題し3号まで発行した小冊子がある。「近美100年の会」の機関誌だ。この美術館は更地にして返すという条件で建てた借地更新を15年後に控えた2001年11月、建築の存続への懸念を踏まえながらも、この美術館が充実した活動を続けていくことを願っての設立だ。

 この会はDOCOMOMO japanが、2000年のブラジリアの大会で加盟承認される前、近美本館を選定した20選(後に別棟学芸員室等を含めた新館を追加選定)の建築展を近美でやる企画を提唱して事務局長を担い、坂倉準三を引き継いだ阪田誠造の推挙もあって近美学芸員の信頼を得たことに始まる。この建築展は林昌二の支えで資金調達、松隈洋がコミッショナーを担って開催した。会名は設計した駒田知彦が懇親会での乾杯で、50年を経た近美があと50年「近美100年のために」と杯を上げたことによる。会員はすぐに230人になった。

 鎌倉に住む阪田の友人松谷菊男とも懇意になり、二人で八幡宮に吉田宮司を訪問、信頼を得て後に高階代表、鈴木博之、坂倉竹之助各氏を同行して宮司と懇談をした。この会のHPを神奈川大教授になった室伏次郎研の本間義章が担い、鎌倉各所の見学会など活発な活動をし2004年鎌倉市「景観づくり賞」を受賞した。神奈川大を退任した本間の後HPを我が娘が引き継いだが仕事が多忙になって更新が滞り、活動も現在停滞している。共に活動した多くの人が亡くなった15年は長かった。更地にして返還する契約だった本館を八幡宮が引き取ることになり支えてくれた多くの人々と共に、出来ることはやってきたとの感慨が無くもない。

 さて「建築保存物語」は本稿で終焉。社会の変遷の中で、何よりも建築と人の生きることを考え続けてきた2年間だった。

<文中敬称略>

<追記>
「建築まちづくり誌」での掲載は本稿で終稿となったが、
取り上げた幾つかの建築の現況を2編に渡って伝えたい。
そして建築の「保存問題」を改めて皆様と共に考えてみたい。

Docomomo japanリーフレット
Docomomo japanリーフレット:150選選定時
学芸員室と収蔵庫を左手に見て
学芸員室と収蔵庫を左手に見て
鎌倉近美jia用
鎌倉近美jia用
近美横位置(hp)
近美横位置(hp)
新館から本館を見て
新館から本館を見て
長崎市公会堂ホール 
本館ピロティ、新館を奥に見る
本館ピロティ
本館ピロティ

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