報 告
JIAトーク2022 Vol.184 <旅の中で出会った建築>
講師:村治佳織 氏(クラッシックギタリスト)
日程:2022年6月21日(火)
場所:建築家会館本館1階ホール
「脳に残像を残しておくと、いつか… 何年後か、何ヶ月後か… に
音に出るときがあるのではないかと思うんです」
〈聖母の御子〉という曲を弾かれる前、マドリッドのプラド美術館にあるゴヤやグレコなどの名画について伺っていた時にこぼれたひと言。ヨーロッパに暮らし、様々な国を訪れた印象を伺いながら、それはやはり全て<ギターに繋がっていく>のだと改めて感じた瞬間だった。
中学生の時にはすでに「ギターで生きていくんだと思っていた」という村治さん、その始まりはお父様がギター指導者であることから、いつからという記憶がないほど自然なものだったという。
台東区のご実家近くには相撲部屋があり、毎日練習している様子を見せながら、だからギターの練習も毎日しなくちゃいけない、といわれていたそう。そんな村治さんが今までずっと、ギターと共に真摯に生きてこられたことが静かに沁みる2時間だったように思う。
今回のトークは、できればギターの演奏を拝聴したいこともお伝えして、旅がお好きな村治さんに旅先の印象に残ることなどについてお伺いできないか…とお願いをしたところから始まる。トーク開催日の半年ほど前のことである。以前から面識があって、前年に村治さんが長年持たれていたJ-WAVEのラジオ番組(クラッシーリビング)にゲスト出演させていただいたご縁もあり、自分が聞き手役を務めさせていただく対談形式のトークとなった。
お話を受けて頂いてから程なくして、村治さんから一枚のレジュメが送られてきた。そこには、途中に演奏する予定の曲と、気になった国(都市)、印象に残る建築が書き込まれていた。せっかく建築家協会(JIA)に招かれるのであれば…と、「建築」との接点を考えて下さったのだった。
記憶に残る「建築」で最初のものは… と考えて真っ先に出てきたのは浅草の『浅草寺』だったそう。そこから、「自然光が入り素晴らしいホール」と挙げられたバルセロナの『カタルーニャ音楽堂』(設計:ドミニク・イ・モンタネール)に辿り着くまでには、東洋(下町)とヨーロッパとの間での、バランスを大切にされながら歩まれた道筋が込められている。
中学から礼拝堂のあるミッション系の学校に進学されると、14歳のときに大きな国際コンクールで優勝。15歳にしてCDデビューされる。異例の売れ行きだったというけれど、まわりの大人達が冷静だったことが印象に残っているそうだ。
「大人と子供、西洋と下町… 十代の半ばから常にバランスというのは大切にしています
ギターは右手と左手も役割が違いますしね・笑」
そして、国内にギター科がある大学が少ないこともあり、パリへと留学することになる。
〈自分から動いていくと熱いものが生まれていく〉
家族やまわりの方々に導かれながら「与えられた環境の中で頑張って」こられた村治さんは、パリ時代、TV番組(情熱大陸)の取材依頼に対して、自分の留学生活を伝えていただくより
「ロドリーゴさんに会いに行きたい」
と、ご自分から働きかけた。作曲家、ホワキン・ロドリーゴはギターの名曲『アランフェス協奏曲』をつくったことで広く知られるが、全曲ロドリーゴ作品のCDをリリースしていた村治さんは、ロドリーゴ氏からのお礼の手紙に〈住所〉が書いてあったことから、ひょっとして会えるのではないかと考えたという。
マドリッドでロドリーゴ氏と対面する様子は番組で紹介され、同時期にNHKの番組(トップランナー)に出演したことも重なり、より広い層の方々がコンサートに足を運んでくれるようになったという。
マドリッドを訪れた時に「下町育ちの自分にはスペインの空気が合っているのかもしれない」と感じた村治さんは、パリ留学から帰国してから、年の数ヶ月をスペインで過ごすようになる。
そして、「ヨーロッパの風を纏って帰ってきて、日本で演奏活動をする」スタイルを始めた二十代の半ばから、「人生が加速度的に楽しくなってきた」と。
昨年(2021年)末のサントリーホールでのコンサートで世界初演された〈青いユニコーンの寓話〉は、村治さんが作曲者のレオ・ブローウェル氏に委嘱した一曲。「ロドリーゴさんに会うことが一つの夢だったとすれば、ブローウェルさんに曲をお願いすることは、もう一つの夢だった」と語る村治さん。2019年、直接逢える機会を逃さずキューバに飛んで直接依頼されたそうだ。
それもまた「自分から動くと熱いものが生まれていく」という言葉に繋がってくる。
〈大きなギターの中にいるように〉
建築空間を感じる時に、音楽家ならではの嗅覚が強く働くのは音楽ホールなのではないかと思い、演奏のための空間(ホール)については時間を割いて伺っていった。
そもそも、クラッシックギターのCDをつくるときにレコーディングスタジオで録音することは希で、ホールを貸し切って録音をすることが多い。録音の場合は街からのノイズが入りにくいように、郊外の環境の良いところが選ばれるそうだ。
「良いホールを喩えて、大きなギターの中にいるような、と表現することもあるんです」
会場の響きによって、残響時間が少なめだと、ほんの少し指を離すタイミングを変えるなど、コンサートの時もリハーサル中に感じ取った空間の響きによって微妙な調整をしているという。
長年に渡って出演されている『八ヶ岳高原音楽堂』(設計:吉村順三)では、
「残響時間はそれほど長くないけれど響きが良くて、高音を鳴らすと鳥の声が応えてくれる」
と演奏家ならではのエピソードも。
この日演奏された〈アルハンブラの思い出〉は、作曲者のタレガによってアルハンブラ宮殿の美しさに思いを馳せてつくられた名曲。番組の企画で実際にアルハンブラ宮殿に行き、そこでこの曲を演奏された村治さんにとっては「目をつむって演奏していると(記憶と音楽が結びついて)心が飛んでいく」場所なのだそうだ。空間の体験は、音楽と結びつくと、より鮮明に記憶されるということなのかもしれない。
〈アレンジすることと つくること〉
村治さんのCDには古典的なギター曲も、もちろん沢山収録されているがギター用に<編曲>された最近の曲もかなりの割合を占める。それらの曲を村治さんが弾かれることで、音楽に新たな息吹が付加されていく。
編曲のしかたについて伺うと、基本的には曲の方向性によって編曲していただく方々を考えていくけれども、ご自分で編曲される曲もあるとのこと。
村治さんが編曲を手掛けられた例として伺ったなかで印象に残ったのは
「坂本龍一さんの〈ラストエンペラー〉は、実際に坂本さんが演奏されている映像を観ながらギターに音を落とし込んでいった」
「〈ムーンリバー〉は、オードリーヘップバーンの映画でのシーンから連想して」
という具合に、古い映画から最近の映像、そして曲によってはyoutubeでいくつものバリエーションを聴きながらアレンジの方向を探っていくようになってきたという。
ギターのための作曲・編曲を多く手掛けられた武満徹(JIAトークには1983年にご登壇いただいている)については、ギタリスト・荘村清志氏が武満さんに沢山の作編曲を委嘱されたお陰で、
「武満さんのギター曲が多く残っていることが嬉しい」と。
「実際に弾いてみると難しい指使いもあるけれど、弾きこなしていくと独特のハーモニーに包まれる」
「リピートがあっても前と同じにはなっていなくて、全てをないがしろにしない姿勢が伝わってくる」
作曲家との対話は、音楽のなかで世代を越えて続いていくのだと感じた言葉たちだった。
NHKの番組企画(旅のチカラ)でタンザニアを訪れ、そこで<曲を書く>というのがきっかけで生まれたのが村治さんのオリジナル曲〈バガモヨ~タンザニアにて~〉。
それからというもの折々にオリジナルの作曲を手掛けられている。楽譜を読み解いて演奏することと、自作を弾くことの違いについて尋ねると
「(自作の曲は)自分のピュアな気持ちが曲に出る」と。
作曲家のプライベートに踏み込んでいくことに近いのがわかったので、自作以外を弾くときは
「より敬意を持って『お邪魔します』という気持ちが芽生えた」 のだそうだ。
この日最後に演奏頂いたのは村治さん作曲の〈エターナル・ファンタジア 薬師寺にて〉。
薬師寺での奉納公演のために作曲された一曲だ。
日本的な音階が顔を出すのは「西洋と日本」の間でバランスを考え続けられた時間を感じ
「悠久感を表現したかった」というトレモロ奏法の美しいフレーズは、薬師寺の伽藍を思い出しながら聴いているうち、ずっと続いていくことの美しさにつながるように感じていた。
真摯に向き合い続けることの大切さと、
長年にわたって積み上げてこられた努力だけがつくりあげるもの。
2時間にわたって、常に柔らかで、聞き手を明るい気持ちにさせてしまう村治さんのお話から自分が感じていたこと。
最後にそれを支えているように感じた言葉を記して、
この忘れがたい夜(トーク)の記録に筆を置くことと致します。
「一瞬一瞬、
自分が幸せだな… と思ったことが音で伝わっていくので、
日常の一瞬一瞬を大切に、
これからも楽しんでいこうと思っています」
(JIAトーク委員 廣部剛司)
<この日のセットリスト>
・人生のメリーゴーランド
・聖母の御子 ~ 禁じられた遊び
・アルハンブラの思い出
・メモリー
・エターナル・ファンタジア 薬師寺にて(村治さんオリジナル)
–アンコール–
タンゴ・アン・スカイ
(本記事の写真は、蔵プロダクション撮影)
概 要
※定員となりましたので、申込みを締め切らせていただきました。
参加決定者へは6月7日にtalk@jia.or.jpよりメールを差し上げています。
「JIAトーク」の2022年度、第1回目としてクラシック・ギタリストの村治佳織氏 をお招きしてお話をお聞きします。みなさま奮ってご参加ください。
詳細情報
- 開催日
- 2022年6月21日(火)
- 時 間
- 18:30-20:30
- 会 場
-
建築家会館1階ホール
東京都渋谷区神宮前2-3-16 - 交通案内
-
東京メトロ銀座線外苑前駅3番出口より徒歩約8分
- 講 師
- 村治佳織氏(クラシック・ギタリスト)
- 参加対象者
-
どなたでも参加できます (申込みフォームより事前申込をお願いします。)
受付開始:2022年5月21日(土)10:00〜
●会場への参加者は次の事項を遵守して頂きます
・コロナワクチン3回接種済み(接種証明書を事前にメールにて提出もしくは当日提示[写真可])又は2日前以内の抗原検査で陰性であること(証明の写真事前にメールもしくは当日提示)
・マスクの着用 ※不織布マスク又はそれ以上の性能を有すものを着用
(ウレタンマスク、布マスク、フェイスシールド等は不可)
・事前検温及び手指消毒
・会場内での私語禁止
・スマートフォンを活用した接触確認アプリ(COCOA)を積極的に活用すること - 参加費
- 無料
- 定 員
-
会場定員:100名(先着順 事前申込をお願い致します ※定員に達し次第申込締切)
申込み決定者へはtalk@jia.or.jpよりメールをお送りいたします。迷惑メールへ振り分けられてしまう場合がございますので、talk@jia.or.jpからのメールを受信できるよう設定してください。 - CPD
- CPD2単位(申請中)
- 問合せ先
- JIA関東甲信越支部 TEL: 03-3408-8291 メール talk@jia.or.jp
- 申込方法
-
下記申し込みフォームよりお申し込みください。
- 主 催
- JIA関東甲信越支部 JIAトーク実行委員会
- 協 賛
- 日新工業株式会社、日本アスファルト防水工業協同組合