報 告
JIAトークレポート JIAトーク実行委員 船曳桜子
『多様性とは選択肢を増やすこと』
JIAトーク2019 Vol.186
講師:乙武 洋匡氏(おとたけ ひろただ 作家)
日程:2022年12月8日(木)
場所:東京デザインセンター ガレリアホール
大学在学中に出版された『五体不満足』が 600 万部を超すベストセラーに。 その後はスポーツライターとして活動。その後、小学校教諭、東京都教育委員などを歴任。地域に根差した子育てを目指す「まちの保育園」の経営に参画。2018年からは義足プロジェクトに取り組み、2022年は参院選(東京選挙区)に挑戦するなど、多彩な経歴を持つ。
乙武氏のご父上は大成建設にお勤めでいらして、自宅にも、建築関係の本などが置いてあるご家庭だったことを講演の冒頭に触れられていた。建築が身近な環境にあったようだ。
実は10年前に乙武氏には講演会場である東京デザインセンターでのお花見で会っている。当時2歳だった息子は、乙武氏に会うなり心を掴まれて、遊んでもらって大喜びだった。その、人を魅きつける力を目にし、大きな場でお話を聞きたい、と長い間願っていた。
さて今回、広報するにあたって職業を伺ったところ「作家」と返ってきた。そう、乙武氏は、車椅子の障がい車や性同一性障がいの当事者を主人公にした小説を出版している、暦とした小説家である。社会的少数派の彼ら彼女らへの視線は熱く温かい。
彼が政治信条としても掲げる平等とは何か、という問いかけから、セミナーは始まった。
乙武氏が思う平等とは、皆が「選択肢が持てる世界だ」と言う。
例えば、と、観客に問いかける「結婚している人はいますか?」と。パラパラと手が挙がる。「それはとても幸福なことだ、」と続ける。つまりそれは、異性愛者であったことで「結婚するのかしないのか」という選択肢を選べるからだと。これが同性愛者であると、年齢性別に関係なく、選択肢そのものが得られないのである。これは一例で、金銭的な理由で学業を続ける選択肢を選べないなど、さまざまな場面が想定できる。
選択肢を増やしたい。そのために大事なものを3つ挙げた。
・人々の意識を変えていくこと
・テクノロジー
・ルールや仕組みを変えていくこと
まず【人々の意識を変える】、これは大変に難しい。
これまで95カ国を旅する中で、日本は多様性という点でかなり後進国であることを、日本を愛する日本人としては非常に残念ではあるけれども感じずにはいられないと言う。
かつて1年間海外を放浪していた時に一番長く2ヶ月滞在したロンドンでの印象的な話を披露された。ロンドンは知られている通り、ビクトリア時代からの建築が残り、古い地下鉄はバリアフリーではない、けれども、皆ためらわずに車椅子の人が本当に街中に多いことに驚いたとのこと。ほぼ毎ブロック、どこのカフェに障害者を見かけないことがなかったとのことで、普段そんなに多くの車椅子の方を見かけることはない日本とのギャップに驚かされた。
私が生後10ヶ月の息子とロンドンに行った経験を思い返してみると、確かに地下鉄にエレベーターはなかったように思うが、夫もおり、どこもチャイルドファーストなので不便は感じなかった。また、バリアフリーのバスが網の目のように街を走っているので、在ロンドンの友人家族はうまく乗り継いで利用していた。
さて、オリンピックもあってか、東京の方がよほどどこの駅にもエレベーターなどの設備が備えられている。だから、人の助けを借りずに生活しようと思ってしまうのが日本ではないだろうか。一方のイギリスでは、インフラが不足しているかもしれないけれども、『人のインフラ』がある。しかし日本では、人に手伝ってもらうという発想の発言をすると「他人をあてにしているのか」と炎上するのだという。これでは車椅子の人が安心して外に出れないわけである。
日本人が、では、不親切なのか?そうとも言えないのではないか、単に、慣れていないからではないかと乙武氏は言う。慣れが大事だと。
日本では長く、健常者と障がい者と分ける分離教育がなされてきたため、幼い頃から障がい者に接する機会がなく、見慣れてないことが要因ではないかということをA I の研究を引き合いに紐解く。乙武氏も、最初は子供に「気持ち悪~い」などと反応されるらしい。意識と言うのは根深いのである。
続いてロンドンの交通事情のエピソードを語る。
曰く、日本の通勤電車は満員電車には車椅子も、白杖をついた視覚障がい者は乗ることは想像できない。ロンドンでは、実は改札で健常者も障がい者も入場制限をすることで、満員電車を回避させ、車椅子も利用できるぐらいの混み具合に調整しているのだと言う。つまり、全員が等しく待たされることで、全員が等しく乗れる、という日常がそこにあった。
日本では、わたしたちが15分待たずに電車に乗れるために、障がい者が電車に乗れないんだとしたら?それは公共交通機関と言えるのだろうか。しかし「あなたは、その平等のために、15分待てますか?」と問いかけられた途端、私たち健常者の既得権益の特権性に気付かされ、胸が詰まった。
ここで、乙武氏が、大事な3つ目の【ルールを変える】のことを提案する。
例えば、乗る時間、乗降率の非常に高い駅関係なく運賃が同じである必要はなく、もしもそこをきめ細かく変えたり、会社もフレックス制にしたりすることで満員電車を解消して、車椅子でも乗る乗らないの選択肢を持てるのではないかと語りかけた。
最後は【テクノロジー】として、自身がチャレンジした、義足プロジェクトの映像を10分間流した。
膝がない、手がない、そして歩行経験がない、という三重苦に苦しめられつつも優秀な研究者や医学療法士に助けられ、義手を付けたり、70階分の階段を45分で上るトレーニングを続けて、最後は国立競技場で117m義足で歩くまでになる。
映像を見て感じたのは、乙武さん自身とそれを支える周りのポジティブさだった。
「できない、と思ったらできない、けれど、研究者に『乙武さんを世界で一番早く走らせる』なんて豪語されたら、その気になってしまった」と笑う。
45年間、座位で過ごしていた人が歩くというのは、骨格も筋力も変わっていて失敗したかもしれないほどのこと。言葉の力、突き抜けたポジティブさは、希望を生むとしか言えない。今風に言えば「それしか勝たん」というやつだ。
建築家にも、バリアフリーの必要性を訴える。
かっこいい建築にはかっこいい階段、父親もそういう設計をしていた、と。
別荘管理をしている友人から、老いたり車椅子だったりが原因でバリアフリーではない別荘を売る人が多いと聞き、車椅子生活がどんなものか知ってほしいと語る。
朝起きて、ベッドから車椅子に乗り換えて、シャワーを浴び、着替えて、満員電車で通勤し、執務中はトイレも介助なしではいけないかもしれない、帰りは同僚と一杯飲みたくてもお店すら入れないかもしれない、そんな24時間、丸一日の、車椅子の体験をしてみれば、建築もデザインも変わると思います、と強く訴えられた。
乙武氏の思い描く未来は、車椅子を乗っているヒトもコトも、日常の 風景の一部のように、「なんでもない」こととなる未来。バリアフリーとは、言葉通り垣根がなくなることを目指しているのだとわかる。少なくとも、建築でその不便さやバリアーを作ることの責任の重さを、優しくも厳しく問われた。
今回、聴講者には一見してわかる障害者はいなかったので、唯一の車椅子常用者である乙武氏との意識の違いの「バリアー」はあったかもしれない。場合によってはその発言は重く突き刺さることもあった。しかし、聴講者に終始ユーモアたっぷりに問いかけたりと笑いに包まれた楽しい講演であった。
あっという間の90分であったが、まずは24時間の車椅子体験という大きな宿題を聴講者全員に置いて、講演は締め括られた。
(写真:蔵プロダクション)
詳細情報
- 開催日
- 2022年12月8日[木]
- 時 間
- 18:00-20:00 [開場17:30]
- 会 場
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会場:東京デザインセンターB2階 ガレリアホール
東京都品川区東五反田5丁目25-19 - 交通案内
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JR山手線五反田駅東口より徒歩2分
都営浅草線五反田駅A7出口正面
東急池上線五反田駅より徒歩3分 - 講 師
- 乙武 洋匡 氏 (作家)
- 参加対象者
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どなたでも参加できます (申込みフォームより事前申込をお願いします。)
●会場への参加者は次の事項を遵守して頂きます
・コロナワクチン3回接種済み(接種証明書を事前にメールにて提出もしくは当日提
示[写真可])又は2日前以内の抗原検査で陰性であること(証明の写真事前にメ
ールもしくは当日提示)
・マスクの着用 ※不織布マスク又はそれ以上の性能を有すものを着用
(ウレタンマスク、布マスク、フェイスシールド等は不可)
・事前検温及び手指消毒
・会場内での私語禁止 - 参加費
- 無料
- 定 員
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会場定員:100名(先着順 事前申込をお願い致します ※定員に達し次第申込締切)
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- 申込方法
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- 主 催
- JIA関東甲信越支部 JIAトーク実行委員会
- 協 賛
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日新工業株式会社、日本アスファルト防水工業協同組合
会場協力:東京デザインセンター