このイタリア旅行は,建築視察だけでなく,ヴェローナ市で数年前より1年の半分以上を過ごされる関東甲信越支部・東京の奥山陽子氏のお誘いで,イタリア建築家協会ヴェローナ支部とJIA神奈川との交流のきっかけを,という今までにない試みを大きな目的として実現された。
団長を室伏次郎氏にお願いし,奥山氏のアテンドによる交流のほか,「ジュゼッペ・テラーニ」と「ジュリア・ロマーノ」をテーマにJIA神奈川のメンバーを中心に19名による旅立ちとなった。
ヴェローナ市長表敬訪問
ヴェローナ市へは10月7日深夜に到着,翌日早速,毎年夏にオペラで賑わう古代ローマ遺跡アレーナを横に見るザブラ広場に面した見るからに古い市庁舎に案内される。数十段の階段を上り,イタリアの慣習なのであろう市長に表敬訪問するため,おそらくは多くの要人が謁見したであろう豪華な部屋に通された。
地方テレビのカメラのセットされた中,恰幅の良い紳士に先ずはご挨拶。市長と説明され,一頻り口上を述べたが,実はヴェローナ支部長の誤りで,後に現れたほんものの市長に二度目の挨拶をするハプニングに始まった。通訳を介して目的など伝え,終わりに銀製の門を象った記念品をいただく稀有な体験をさせて頂いた。
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ヴェローナ市長への表敬訪問 |
ヴェローナ支部との交流
表敬訪問が終わり,ヴェローナ支部事務局のある中世の建物に案内され,支部長以下10人程の建築家と「朝のワイン」を飲みながら親睦を深めるひと時を持つことになった。
その夜の豪華な晩餐会,ヴェローナ市内の建築視察など,ヴェローナ支部の皆様には数日間大変なお世話をいただくことになった。
ちなみに晩餐会会場となった高級レストラン(全員ご招待)はヴェローナ市のルールであろう古代ローマの遺跡が地下に保存されている空間に先ず通され,古代ローマに思いを馳せながらウェルカムドリンクを頂くという印象的な場面から始まった。
その後のヴェローナ滞在3日間に,ヴェローナ支部の建築家によって計画がなされ,携わった建築家の方々によりいくつかの建築視察が行われ,極めて充実した時間を持つことができた
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イタリア建築家協会ヴェローナ支部での交流 |
ヴェローナ市内の建築視察
一つはヴェローナ市が取り組むいくつかのレスタウロ(古い建築の雰囲気を残しつつ新しい用途に再生させる)を自ら設計されたスキラッチ教授などの案内で視察。中でも,スカラ家の館の地下では古代ローマと中世の遺跡が重層された状態の中,展示場にレスタウロされている。どの時代の遺跡を保存していくかについていまだに議論が続けられている由,まだまだ保存問題には多くの時間を必要としているようだ。道路にガラスの掛けられた穴から地下の古代遺跡を眺めるにつけ,イタリアの歴史の厚みとそれを大切に保存しようとする市民の見識と努力に改めて敬意を払う次第である。
もう一つは,スカルパのパートナーであり,共に計画に携わったルーディー氏の熱心な説明により,中世の城郭を美術館に再生させた「カステルベッキオ,ヴェローナ銀行」を案内していただく機会に恵まれたことだ。スカルパの大胆にして綿密な構成と細密なディテールとそれにいたる背景などを聞き,書物のみに頼った限られた情報による理解の我々には大いに刺激を受けるのに充分なものであった。
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古代ローマ遺跡の上に重層された
ヴェローナの街 |
ロマーノとスカルパ
ヴェローナを根拠に,パラディオの宝庫であるヴィンツェンツァの「ロトンダ,テアトロオリンピコ,バシリカ」,そしてこの旅の一つのテーマであったマントウバにあるジュリオ・ロマーノの設計したマニエリスムの建築「パラッツォ・デル・テ」とめぐった。磯崎新氏のしごく興味をそそる刺激的文章から想いをめぐらし,このパラッツォに秘められた物語と,呼応してルネッサンス様式を破っていった作者の迫力を肌で感じるべくその空間に佇みながら,英語通訳の得意げなせりふに,かえって興ざめしたのは私だけだろうかと思う。
ヴェローナを離れてヴェネツィアの街に入る。同じくイタリア建築家協会の日本の方を娶ったキアレッロ氏とヴェネツィアの古い館を訪ね,卓を囲んで昼食をとった時に,イタリアの建築界について詳しく聞くことができた。氏によると,イタリア建築家協会に所属し,承認がないと建築をたてることができないとそれまで聞いていたが,実は他団体もあり,やはり競争社会で,少ない仕事を奪いあっているようである。結局は日本の事情と大差ないことが判明した。
ただ興味深いのはイタリア気質か,懐は苦しくても衣服には金をかけ,見栄をはるのだそうだ。でないと仕事も逃げてしまうとのこと。
ヴェネツィアを出て,田舎道をひたすら走ってスカルパの「ブリオンの墓」を見学,壮大な黄泉の世界が物語性を持って眼前に拡がっていた。その一角にひっそりと眠るスカルパの墓を発見し,スカルパの想いを感じ取ったのは私だけではないのではないか。
テラーニ
旅後半のテーマはジュゼッペ・テラーニである。コモに着き,いきなり「カサデル・ファッショ」を見る。3層のキュウブな,しかしきちんとした陰影を象るフォルムは良く知らなかった者に大きな衝撃を与える。
内部空間に設えてあるトップライトから降り注ぐ光が,さらに明快透明な構成を際立たせ,見るものにすがすがしさを与える。かつてムッソリーニのファシスト党の集会室であったことがなんとも不具合な想いにさせられた。
サンテリア幼稚園,内部空間 |
テラーニのもう一つの代表作であるサンテリア幼稚園は,高い天井と大きなガラス面から差し込む光にやはり今でも充分に賞賛を勝ち取れる透明な空間を持っていた。
コルビュジエと親交のあったと聞くテラーニが,ただ古典が好まれるイタリアを舞台にしたがゆえに多くの仕事に恵まれず,天性の才能が発揮できずに終わったことに残念な想いをぬぐい得ない。
北イタリアは,今日的イタリア建築事情を一番表している地域なのではないか。そこには古代の遺跡と格闘しながら,現代の環境に沿わせようとするイタリア建築家の,格調の高い知恵と能力の発露を,しかも生身の建築家と触れながら見ることができた。このことが,この旅の最も大きな収穫であったと感じている。
旅が終わり,くだんのキアレッロ氏が今春訪日すると聞き,奥山氏によって作られたこの交流の機会に奥山氏とヴェローナ支部の建築家の方々に心から感謝せずにはいられない。 |