JIA Bulletin 2005年6月号/海外リポート | |||||||||||||||
バンクーバーのオールドタウン で見かけた思いもよらぬこと |
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夏目 勝也 | |||||||||||||||
カナダのバンクーバーを始めて訪れました。旅行の主目的は、高齢者の住まう環境を調べることでしたので、旅程はほとんどそのことに集中しました。たまたま一日だけ少しの時間が取れて、夕方から息抜きに、バンクーバーのダウンタウンへ行きました。ところが、その散策で思いもかけないものを観てしまったのです。
ダウンタウンの歴史的街区と木造建築 ダウンタウンに「GAS TOWN」という、バンクーバー市の発祥の地ともいわれている、オールドタウンがあります。1971年、ブリティッシュ・コロンビア州は歴史的保存地区に指定。百数十年前にできた建物の幾つかが中心になって、街区が形づくられています。多くが歴史的建造物としてバンクーバー市が指定と顕彰をし、プレートを設置しています。バンクーバー市に限らず、近隣の都市に同様のプレートの目に付くことが多く、建築に対する歴史認識をあらたに思うものでした。 そこをぶらぶら歩きしながら、数階建ての建物の中を覗いて驚きました。外壁は石材を積み重ねたもの、煉瓦造と思えるもの、またはタイル張りのものなど、ごく普通にRCあるいは鉄骨造と思い込んでいたのが、しかしその構造体が木造ではありませんか。 それも、柱も梁も無垢の巨大な木材が使われていて、露出しています。柱のサイズは目測50×50cm強、それに近いサイズの梁が、巨大な鋳鉄製のジョイント金物で接合されています。柱は各階ごとに管柱になっていて、基本的には柱・梁の構成はピン接合と思われます。 それらの木材の肌が極めて美しいのも驚きでした。日本の木造建築は経年変化とともに、木材の表面は暗褐色になって、いかにも年代を感じさせるものです。その概念を以ってカナダの木材を見ると、まったく異なった材質を思わせます。黄色味がかかって、表面が極めて滑らかな肌合いです。春材部分は痩せて、浮づくり状になって木目がはっきりしています。木質は炭化状態になり、ヤニが一面に浮き出してコーティング状となり、メノウを思わせる木肌です。
木の国の木の事情 バンクーバーを訪れた人々の話は、ときおり聞きます。カナダ最西端の大都市であり、日本から比較的訪問しやすく、後背地の雄大な自然公園とスキーやゴルフ、観光に多くの人々が訪れます。木材のこと、都市のシステムのことなどの視察旅行が多いとも聞きます。ちなみにバンクーバーは、国際的にアクセシビリティがもっともすぐれた都市、といわれています。しかし、どなたからも木造建築の話を聞く機会がありませんでした。 もともとカナダは林産国ですから、木材輸出について積極的な広報がされています。しかし、カナダでは住宅はもとより、一般の中高層建築でも木造で造られることがもっとも多いと、今回訪問して初めて知りました。あまりに情報不足だったことは否めません。 バンクーバーに長年滞在し、現地で活動している日本人の建築家に、話を聞くことが出来ました。RC造に比べて木造は、構造コストがはるかに安価であり供給もしやすい。経済の原則として、不必要な投資を避けることは合理的です。大規模の建築でも、市街地のオフィスビルや高層マンションなどを除けば、基本的には木造でつくられるということです。事実今回の調査で、高齢者の有料老人ホームを数ヶ所訪ねましたが、それぞれ10,000m2以上ある3〜4階建てが、木造で出来ていました。 また木造に対する信頼度も高いと聞きます。建築の寿命を観察した場合、RC造の脆弱なことは、目を覆いたくなるものがあります。今日、近代建築の再生や持続可能を図ろうとすれば、最初の問題に突き当たるのはコンクリートです。私たちが建築を学んだころには、誰も教えてくれませんでした。カナダではそれらのことは、当にわかっていると言わんばかりです。
木造建築の安全性 耐火性能や防災、防火の具体的なことは、今回の草稿までに十分調べることができていません。現地で想定されたことは、・木材は集成材が使われ、耐火的には燃えしろ設計または耐火被覆と思われる。・表面は化粧材で覆われているため構造材は見えない。・床はデッキプレートとコンクリートで、音と耐火を考慮。・スプリンクラーが設けられていること、屋内消火栓などを含めて防火上の配慮は高い。 地震はカナダ全域で地域ごとの係数があり、危険度の高低が州ごとに定められている模様です。バンクーバーは比較的危険度が高い地域らしいのですが、新築のRC造はフラットスラブ状の建築が多く、床にテンションをかけている構造システムのようです。しかし耐震の考えは良くわかりません。 保存事例 街中で、もう一つの面白いことにめぐり合いました。映画の書割のように外壁が街角にあるのです。そこにあった木造建築が、近年、火災で焼失したものだそうです。ところが残った外壁は石造で、それを再生して、内部をRCで新築しようという工事現場でした。「記憶保存」や「かさぶた保存」の典型的な事例です。
そこには使えるものを壊さないで、再利用しようという合理的な考えが、もしかしたら保存を言う前にあるのでは、とも受け取れます。つまり、保存というモチベーションを、改めて意識の中におかずとも、世相や文化の仕組みの中に予め組み込まれていて、壊すことへの抑制があると思われました。土地に人々がかかわった歴史を大事に守ろうとする認識に、基づいているのでしょう。保存すること、使い続けることへの社会的観念の相違を、もう少し調べてみたいと思います。
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