JIA Bulletin 2011年3月号/海外レポート

コミュニティデザインと建築デザイン

 

吉良 森子
吉良 森子

 

 近年collective private commission(以下 CPC)というプロジェクトに関わるようになった。20 前後の家族がNPOを組織し、同じくNPOのコンサルタントのアドバイスを受けながらディベロッパーなしにタウンハウスや戸建て住宅を開発する、コーポラティブハウスのようなプロジェクトだ。

 2003年頃フローニンゲン市の都市計画局と地元のディベロッパーがコラボレートしてフローニンゲン市の新しい住宅地に若手建築家10人が10戸ずつの戸建住宅を設計するというプロジェクトに招かれた。個性的な住宅をランダムに配置するというコンセプトだったが、敷地はたいへん小さく、みんなが好き勝手にデザインしたら日照条件の悪い家になるのは明らかだったので私はできる限りシンプルで日照や内部空間の確かな家を提案した。基本設計終了後、建設費と土地の値段の交渉で都市計画局とディベロッパーは決別し、プロジェクトはキャンセルされた。住宅は個性的すぎ、高額すぎたのだ。しばらくしてこの住宅地に自分たちで住宅を開発しようとする18世帯からなるグループの代表が電話をしてきた。建築家を選ぶので、以前設計した住宅のプレゼンテーションをする気はあるか?というのだ。その時は二つ返事で「もちろん」と答えたが、もしも選ばれたらたいへんなことになるな、と思った。

3年前に竣工したCPCプロジェクト

3年前に竣工したCPCプロジェクト

昨年末に竣工したCPCプロジェクト
昨年末に竣工したCPCプロジェクト


 住民がイニシアティブをとって都市開発プロジェクトに参画することは、自治体が都市計画を主導するオランダではそれまでありえなかった。14世紀にさかのぼる長い干拓の歴史と 20 世紀初頭の住宅法の制定によって、自治体が土地政 策・都市計画をコントロールしてきた高人口密度の小国オランダでは、日本のように個人が土地を買って住宅を建てるチャンスは希少だ。近年ディベロッパーと自治体の官民共同の開発へ移行し、土地が個人に分譲されるケースも増えてきたが、住民グループがディベロッパーと同等の開発主体として認められたのはこのプロジェクトが初めてだった。それだけに政治家を説得し、自治体の都市計画局の信頼を得るのは容易ではなかったようで、住民グループのチームワークは良く、そしてプロフェッショナルだった。彼らは住宅の質だけでなく、設計・工事期間とコストの管理の重要性を自覚しており、その総合的なコントロールを建築家に期待していた。この住民グループは、コレクティブな住宅開発のサポートのために立ち上げたばかりのNPOのアドバイスを受けていた。住民によるボトムアップの開発こそコミュニティ、住宅、近隣環境の質の高いプロジェクトが実現できると考えた二人の人物が KUUB という NPO を設立したところだったのだ。



基本設計終了時のいくつかの平面図とファサート

 

基本設計終了時のいくつかの平面図とファサート
基本設計終了時のいくつかの平面図とファサート


 私にとってもこのプロジェクトは全く未知な領域だった。クライアントが一人・一団体でも都市計画局、市の美観委員会の審査、近隣説明を必要とするオランダの設計プロセスは複雑でそれぞれの利害をうまくまとめられないと頓挫すると いうのに、複数の素人がクライアントだ。それぞれが別のデザインを求め、何度もの話し合いと設計変更を求められ、無 数のメイルや電話の対応に迫られ、その結果、プランニングと工事費の管理に失敗したら。第一自分が納得できる作品を実現することができるのだろうか。

 私はKUUBと住民代表に正直に私の不安を伝えた。そしてできる限り透明でシンプルなプロセスをコンセプトに、クライアントはそれぞれの住民ではなくNPOで、私たちはあくまでも一つの住宅を設計し、それぞれの生活スタイルに対応できるように十分なバリエーションをつくる。各家族と希望を話し合い、間取りに反映する機会を設け、公平かつ透明なコミュニケーションをするためにKUUBが連絡をとりまとめることなどが決められた。

 L字型の平面によって路地からのプライバシーを確保し、 中庭と連続した一階のオープンな空間つくる、というかつてのデザインのベースは変えなかった。小さな敷地・日照条件を考えると、基本的なボリューム配置にバリエーションを設けることにメリットがないことは明らかだったので、「中庭をコアとしたプライベートな空間とアーバンな路地空間のコントラスト」という空間の特徴を明確にし、それぞれの家族が自分たちの生活スタイルに沿って間取りを自由に決めることを提案した。路地と中庭空間のコントラストを強め、採光をさらに良くするために庭側のボリュームは一層とし、路地側は3階建てとした。それぞれの家族の住まい方の違いが外観に反映されるように連窓、横長の窓、小窓などのバリエーションを設けた。

 


 設計から竣工までは一年半かかった。まずは基本計画でデザイン、間取りなどのバリエーション、ラフな見積を住民NPOの代表が審査し、全体委員会で合意を得た。基本設計は30分ずつの各家族との話し合いから始まった。私たちが提案した間取りのバリエーションをもとに、住民がスケッチした平面を前もって私たちが図面化し、セッションに臨む。話を聞きながらスケッチするのはかなりの集中力が必要でスポーツ感覚な一日だった。これから子育てを始める若い夫婦もいれば、子供たちが独立した老夫婦、夫婦共にバツ一で週末には6人子供が集まる家庭もいて、自宅を仕事場にしている人もいる。18のセッションが終わってみると一つのプランのもつバリエーションの可能性は想像を超えていた。一人のクライアントのためにユニークなデザインを追求していくのとは全く異なった、スペシフィックであるがゆえにジェネリックな質が見えてくる新しい体験だった。

 話し合いの結果の図面と概算工事費に、住民はコメントして送り返し、基本設計第二回目のセッションへ。全く違った間取りを希望する人もいるが、基本設計での変更は問題にしない。2度のセッションの後でも納得できない家族は費用を払ってもう一度話し合う。実施設計では設備 設計者が別途話し合いをもち、それをもとにキッチン、浴室、設備などを書き込んだ実施図面を元に最後の話し合いが行われ、ここまでくれば通常のプロジェクトと同じように入札、 着工へと進む。

ストリートビュー

 

ストリートビュー
ストリートビュー

中庭空間 

中庭空間 

住宅インテリア

住宅インテリア 



 出来上がってみて何に一番驚いたかというと、できたばかりの住宅だというのに、近隣がすでに機能し、いきなりリアルなストリートが登場したことだった。正直なところ設計の間は、 開口・外装の色、2階・2階半・3階というボリュームのバ リエーションを受け入れることは、設計者のコントロールの放棄と思われ、建築的に成り立たないのではないかと思っていた。私の意に反して住民がそれぞれ好きな色を選ぶことが決定された時など、写真を撮ったらフォトショップしてやると思ったほどだった。しかし、実際に出来上がってみると、 意匠として全く齟齬はない。ストリートビューは自然で心地 よかった。同じではないのに明らかに関わりがあり、その違いは恣意的ではない。なんだか家族のような群造形だった。これがコレクティブなディベロップメントで、ボトムアップなコミュニティデザインなのだ。これまで散々コントロールフリークだといわれてきた私にとってはよいセラピーだった。

 

 
吉良 森子(きら もりこ)

1965年 東京都生まれ。
1989年 早稲田大学大学院在籍中にデルフト 工科大学に留学。
1990年 同大学院修了後、ユニテ設計・計画に勤務。
1992年 渡欧、ベン・ファン・ベルケル建築事務所に勤務。
1996年 オランダ・アムステルダムに moriko kira architect(モリコ・キラ・アー キテクト)を設立。
市美観委員会17 世紀エリア委員長などを務める。
2010年 アーキテクトオブザイヤー(スモールオフィス)


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