JIA Bulletin 2011年9月号/海外レポート

オープンマインドであること - 香港マカオ建築都市ワークショップ体験記 -

 

加茂 紀和子
加茂 紀和子

 

7 回目を迎えるという建築家連健夫氏の企画する建築都市ワークショップには、日本全国から学生21 名が参加した。まだ建築を勉強し始めて間もないという学生や大学院生で独自に街づくりの活動に参画している学生、直前に仙台で被災したという東北大学の学生3人を含め、様々なバックグラウンドをもった学生たちである。この香港・マカオワークショップは、中国の東莞市南社村という中世の村からスタートして世界遺産でカジノのある国マカオと国際都市香港を巡り、現地のヴァナキュラーなる事柄をピックアップして解釈し、建築的表現へと変換すること。そしてそれを英語で発表し、現地の建築家に講評をいただき交流をおこなう、ということが盛り込まれたプログラムであった。 

 

東日本大震災直後、原発の問題が深刻化する中、全員が問題なく羽田空港に集合して出発できたことは幸運だった、と言うべきだろう。それぞれに強い意志をもって望んだ旅である。それゆえ、最初に行われたアンケートの回答には、この期間に何かをつかもうという期待感が非常に高いことが見受けられた。

 

ワークショップ2日目、私達は、800年前に安住の地を求めて移り住み、いまでもその一族の子孫が住み続けているという、中国の小さな村にいた。村の中心のため池に面し、先祖をまつる祠が立ち並んで表の顔をつくり、その裏には祠と祠の間から幅90センチほどのレンガの路地があみだくじのように派生して、同じレンガでつくられた中庭を持つ住戸が、迷路状に配されている。時代を越えて付け足し、壊され、また作られて、パッチワークのような時の堆積、人の手の跡が揺らぎや奥行きをつくっており、路地は洗濯物干し場、放し飼いの犬の縄張り、鶏が放たれる場所であった。

3年前に竣工したCPCプロジェクト

南社村にて。ワークショップ開始

参加者
芝浦工業大学大学院:宮地洋 
早稲田大学芸術学校:荒谷健道 
福井大学大学院:今野広大 
東海大学:大出真裕 
東北大学:小林良平 太田潮 雨宮雅明 
大阪市立大学:島瑞穂
日本大学:亀井一帆

 

京都工芸繊維大学:種村和之 山本純平
福井大学:神戸美由起 
日本女子大学:加藤ひかる 中里友美 服部真友子
武蔵野美術大学:田中裕大 山下真一郎
武蔵野大学:田中良典 東慎也 
職業能力開発総合大学:木村あかり 
東京理科大学:北村優太

 

ここからがワークの始まりである。ヴァナキュラーとはなにかを考える前に、直感をたよりに歩く、描く、書く、拾う、探す、写す、といった作業をせよということである。無心に作業することで無意識だったものが意識化し、自分の興味所在も明確になってくるのだ。偶然見つかるのではなく、自分というフィルターを通して体得するという作業である。村のあちこちに散らばること2時間、私達には無関心だった村人たちが食堂らしきところに集まって食事をし始めた。中国の文化遺産として指定されたということで、東西の門の修復工事がおこなわれている。何年かすれば、ここも土産物屋がならぶかもしれないなと思いつつ、南社村を出て東莞可園へと移動する。150年前に県の役人が作った自邸である。回遊式の建物と庭の連続性、自然をモチーフとした庭の造形が楽しい。洗練されたセンスや遊び心は、現代に共有でき、美しいプロポーションの楼に上ると風の抜ける展望台から東莞市が一望できた。参加者たちはここでも作業である。そして、各々なにかしらの収穫をもってバスに乗り込む。深圳フェリーターミナルから出国し、イルミネーションに輝くマカオへと到着するまでの間、なにに気がついたのか、探せたのか。行程は彼らのピックアップしたものをどのように理解し、発展するのかを議論する時間となった。  

 

その晩、ポルトガル人の2人の建築家から世界遺産として指定された街での活動を聞く。ポルトガル人居住区の歴史的ファサードを残すだけでなく、時代の違ういろいろなタイプの既存建物の、潜在的メリットを掘り起こして再生しようという、建築家の構想が語られた。新しいマカオには、建築家の眼差しが必要とされている。ホテルはカジノエリアにあり、学生達は疲れも知らず、眠らない夜に繰り出していったようである。カジノだけでなく飲食店、雑貨屋も一晩中営業しているのだ。南社村から一転、スワロスキーの巨大なシャンデリアがぶら下がる大空間で、一攫千金を狙って賭ける人間の姿もまた、現実である。価値観や人間の身の置き場所の差を体験し、心が揺り動かされるめまぐるしい一日だった。

 

翌朝、有名な聖ポール大聖堂から始まって博物館、砲台、セナド広場へとマカオ観光の主軸を歩く。つかの間の観光気分の中でも、夜中に仕入れたヴァナキュラー的雑貨や南社村での思い出の品を手に、皆それぞれに街の中で、自分のコンセプトにあわせて実験や検証を繰り返している。午後はマカオ大学で、中間発表となっているためであった。南社村とマカオの真逆といいほどの有様に対して、ヴァナキュラーの特異性と普遍性をどうとらえるのか。参加者はそれぞれにユニークなアプローチをみせた。採取した物、人の表情がコラージュされ、コンセプトの言葉には、現象の表現、自然、人間、対話、対比、虚像、ギャップといった英単語が綴られる。形式から考えるのではなく、何が重要なのかということを明確にすることを2人のポルトガル人建築家からも強調され、このワークショップの目的が再認識された。

 

4日目、香港へ。フェリーで1時間あまり、船が激しく揺れて、下船したときは、皆ぐったりした表情であったが、最後の目的地で具体的に場所を選び、コンセプトを形にしてゆく作業が待ち受けている。その前に、香港大学他の3人の建築家と私達、随行講師のスライドレクチャーディナーで、楽しい交流が行われた。

 

5日目は一日リサーチであった。香港はますます過密、集積化が進んでいるようである。地上では垂直方向に積み上げられ、地下には高速交通、巨大なショッピングモールが拡張している。外国人が多く居住し、グローバル化する一方で、ヴァナキュラーに生きる力がみなぎるところでもある。限られた土地に最大限の機能が詰め込まれ、ほどよく自然もとりまぜられて重層化する都市であり、その根底には、お金が神様というあっけらかんとした欲望が、原動力となっているようだ。

写真

マカオ大学での中間発表の様子

香港大学での最終プレゼンテーション

香港大学での最終プレゼンテーション

 

さて、滞在先のホテルの各部屋では、いよいよ最終発表に向けて準備がはじまった。積極的にパフォーマンスを行い、現地の人とのコミュニケーションをアウトプットしようと試みる人、入手したマテリアルをつかって模型を作る人、形にすることの壁にぶつかって悩む人、皆徹夜覚悟で頑張っている。

 

6日目、地形と自然と建物が有機的に立体化した香港大学キャンパスの建築学科のレクチャールームで、プレゼンテーションが行われた。国際的な視野を持つ建築家達は、コンセプトが明解であること、美しさ、独自性を評価し、このワークショップでのダイナミックな経験を賞賛し、香港大学の学生の課題作品の紹介をした。映像と音楽を用いて都市分析し表現する課題、マカオの島に滞在して、既存の村をどのように変形活性化させることができるかという長期の課題など、ワークショップの内容にリンクして興味深かった。

 

このようにプログラムは怒濤のように過ぎ行き、全員プレゼンテーションを終えて、達成感と表現しきれなかったことに対する反省が入り混じる。このワークショップを通じて見えてくるものは、一つはオープンマインドの意味である。連氏が強調する「建築を広がりをもってとらえる」ために、まず自らの固定概念や慣習にしばられることなく、その場所になりたつ可能性を探り、把握するための体をつかったワークの自由さが必要なのだが、それを創造へと転換させるためには、許容力のある高い専門性を持ち得た自己がなくてはならないということを、認識させられるということだ。そして、もう一つはプレゼンテーションの重要性である。たとえ不慣れな英語であっても的確にコンセプトを伝える術があり、言葉の壁を超越して表現を工夫することができる、その大切さである。インターナショナルなマカオ大学、香港大学での教育環境の様子を垣間みられたのも、大きな刺激となったと思う。密度の高い、変化に富んだワークショップでは、参加者全員が充実した時間と成果を得たことは間違いない。随行講師として参加させていただいた私こそ、多大な影響をうけ、あらためてつくることへの奥深さと、 世界の広さを感じている。 

〈みかんぐみ〉


海外レポート 一覧へ