JIA Bulletin 2015年11月号/海外レポート | |||||||||||||
フランス公共建築事情 |
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大橋 優子 |
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■この夏、日本で2020 年の東京オリンピックに向けた国立競技場の計画が白紙に戻ったことは記憶に新しい。このニュースはインターネットという、もはや世界中を時間差なく駆け巡る情報ネットワークのおかげで地球の裏側にも即座に伝わってきた。もともと1500 億円の計画が2500 億円という見積もりに膨らんでいたということだが、今の段階で2500 億円という計算では実際にはもっとかかるだろうというのが、正直な感想である。
フィルハーモニー・ド・パリでは当初、1億7300万ユーロという予算が、実際にはその2倍以上の3億8000万ユーロかかっているし、私が現在住んでいるリヨンに昨年オープンしたリヨン・コンフリュエンス美術館は、実に予算額の5倍以上の建設費がかかっている。コンフリュエンス美術館は、オーストリアの建築家コープ・ヒンメルブラウによる設計だが、コンペから竣工まで実に15年もかかっているせいか竣工した時点ですでに時代遅れ感の漂う建物になってしまっている点がなんとも残念である。
しかし、予算に収まりきらない建設費についてFRANCE2のインタビューを受けたジャン・ヌーヴェルは「そもそもフランスの公共建築においては当初の予算額が低すぎるのであって、誰もが予算内に収まらないことをわかっている。だから工事中にどんどん建設費が膨れ上がっていくのだ。」というようなことをしれっと言っていて流石だと思った。確かにフランスではほとんどの工事が分離発注であるので、発注段階で予想していなかった事態が生じたり、発注漏れがあった場合など施工業者がここぞとばかりに工事費を上乗せしてくるということは頻繁におこる。
私事になるが、昨年6年間勤務したラカトン& ヴァッサルアーキテクツを退職し、フランスで独立した。まさかフランスで独立することになるとは思ってもいなかったが、パートナーはフランス人であるし、一応曲がりなりにもフランスの建築学校を卒業しているので、ことの流れでこちらで事務所を設立することとなった。フランスで建築をやっているというと、「こんなに古い建物ばかりなのに新しい建物なんか建つんですか」などと返されたりするのだが、日本との大きな違いは個人住宅などの仕事が極端に少ないことだろう。家を買うと言っても新築を考える人は少数派のように思う。築100年、200年といった家でも歴代の住人によって少しずつ手を加えられたりしているので、少し手直しすれば十分に住めるのである。そこはまた日曜大工が大好きなフランス人であるので、間仕切り壁を取り壊したり、壁の塗装をやり直したりくらいのことは、素人でも自分たちでやってしまう。
言うまでもないが、こうしたプロセスが義務化されているのは公共の建築物のクオリティを保つために他ならない。建築は文化を担う重要な要素であり、公共の財産であるという考え方が深く根付いているからだと思う。フランスに暮らすようになってだいぶ経つが、街のそこかしこに居心地の良い空間があり、それは公共に開かれた場所である。私が今この原稿を書いているデスクの横の窓からはジャン・ヌーヴェルのオペラ座の屋根が見えるが、このオペラ座のエントランス前のポーティコは若者達のダンスの良い練習場所である。
中が黒々しているの で、ファサードのガラスを鏡代わりに使えるらしく、ストリートダンサーのたまり場になっている。ちなみにこのポーティコはオペラ座のヴァカンス中はジャズクラブになる。夏の夜風に吹かれながらビールなど片手にジャズ奏者の演奏に聴きいるのはとても気分がいい。
実はこの原稿を書いている今日、先日ショートリストに選ばれて参加した集合住宅のコンペが惜しくも2位であったという連絡を受けて、このテーマについて書いているのが若干辛いのであるが、コンペに負けるのも建築家の仕事のうちと気をとりなおして、また頑張ろうと思う。しかし、再びあの書類の山からやり直しなのかと思うとなかなか気が重い。
■執筆者プロフィール
2004 日本女子大学住居学科卒
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