JIA Bulletin 2020年春号/特集:「住」について考える
第3弾 『Bulletin』連動企画 特別シンポジウム
住まうということを多視点から考える
編集者と考える これからの建築とは
シンポジウム
開催日 | 2020年1月31日(金)18:30 ~ 20:00 建築家クラブ(JIA館1階) |
登壇者 | |
木藤阿由子(株式会社エクスナレッジ、『建築知識ビルダーズ』編集長) | |
進行役 | 関本竜太(建築家、リオタデザイン主宰、JIA関東甲信越支部広報委員) |
主 催 | 公益社団法人 日本建築家協会 関東甲信越支部 広報委員会 |
はじめに
公益社団法人 日本建築家協会(JIA)関東甲信越支部の広報誌である『Bulletin』は、現在、特集や連載など、オリジナルの記事を中心に構成した冊子づくりを目指しています。さらに、今年度から特集に関して年間テーマを設け、数号にわたり通して楽しんでいただけるかたちを検討しています。
今年度は、建築の根源的なテーマである「住」にスポットを当て、建築家の取り組み、社会的な風潮、第三者的な視点などの観点から、「住」について改めて考えてみたいと思っています。秋号(281号)では家づくりのはじまりかたを探る「建築ウォームアップ」、冬号(282号)では場所性、地域性を主軸に多様化する設計活動や住まいかたを「都市と地域、住まいかたの多様性」と題して取り上げてきました。
今号:「住まうということを多視点から考える」について
第3弾である今号は、住まいや建築を第三者的視点から見ておられる建築専門誌の編集者の方々に集まっていただき、シンポジウムを行いました。建築分野や建築家がどのように見えているのか、どのようなご意見をお持ちなのか。また、これからの住まいや建築、建築家のありかたについて、クロストークを交えて掘り下げました。
ご登壇いただいたのは、元『住宅建築』編集長の植久哲男さん、元『日経ホームビルダー』編集長の小原隆さん、『建築知識ビルダーズ』編集長の木藤阿由子さんの3名です。進行役は、関東甲信越支部広報委員の関本竜太さん。この4名のクロストークを通して、建築、建築家、住宅はどのような局面を迎えているのか考える機会になればと思います。
関本
本日進行役を務めさせていただきますリオタデザインの関本と申します。よろしくお願いいたします。
今日はまず3名のパネラーの方に自己紹介を兼ねたパネルトークをしていただき、日常のお仕事や活動で感じておられる問題意識をご発言いただいて、その後にそれを踏まえてクロストークを行いたいと思います。
では植久さんからお願いいたします。
建築・私の想い
植久哲男 (京都鴨川建築塾/元『住宅建築』編集長)
植久と申します。鹿島出版会で『SD』を担当した後、建築思潮研究所に移り『住宅建築』の創刊時から編集に携わってきました。退社後、今は京都鴨川建築塾や多摩川建築塾などいろいろなところで勉強会を開いています。
『住宅建築』が創刊したのは1975年です。その当時、木造軸組住宅の構法として、渡り腮構法(1978年)や大文さん(大工棟梁の田中文男さん)と現代計画が提案した民家型構法(1983年)の家が提案され、それを見て、やっぱり木造はいいなと感激しました。なぜ感激したかというと、『住宅建築』では作品を掲載する時、必ず矩計図を載せていて、その当時はまだCADはありませんので、設計事務所から青図を借りてきてトレースしなければなりませんでした。しかし、その青図のインチキなこと!実際大工は怒っていました。でも民家型構法の矩計図を見ると、相当整理されたシステムになっていて、私はそれに感激したのです。これで木造に嵌まった。
1995年に阪神・淡路大震災が起こりました。7,000人近い方が亡くなりましたが、その大半が、家の倒壊や家具の転倒など自宅で亡くなっているのです。当時の新聞には、「木造は地震に弱い」という記事が出たりもしました。私は、「ふざけるんじゃない、弱いんじゃなくて設計が悪いかつくり方が悪いのだ! あとは古かったり相当傷んでいるからだ。そういう家が倒壊したのであって木造建築そのものが悪いのではない」と言っていたのですが、それを証明できないのです。ちょうどその頃、山辺豊彦さんや丹呉明恭さんと一緒に大工塾というものを始めようとしていたので、1996年から木軸の性能を力学的に確認するために実験を始めていました。みんな美意識や勘など、根拠のないもので判断していましたから、やはりきちんと説明できる技術が必要だと思ったのです。しかしその実験の成果がまとまっていく一方で、建築界はポストモダンの風が吹いていたので建築家も自己表現がとても強くて、この家で住む人の生活意識にも違和感がありました。そのようなことで悶々としていて、今でもずっとそんなふうに思っています。
最近読んだ松村秀一さんの本に、N. J. ハブラーケンが「建築家は表現をやめて庭師を目指しなさい。庭師は、樹木そのものはつくれないが、樹がよく育つ環境を整えることはできる。建築家も同じように生活と住まいがよく育つ環境を整えることはできる」というようなことを言っていると書いてありました。やはり住んでいる人が大事で、住まい方や工夫と知恵を、建築家が協力して協働に徹すれば、多様でより自身の生活スタイルが得られ、気持ちのよい家ができるというのでしょうね。
もうひとつ不安なことがあります。大工が年々減っていて、さらに高年齢化が進んでいるということです。大工は建築家の味方で、一緒にやっていかなくてはならない存在です。そうでなければ他のメーカーなどに負けてしまいますし、建築家の能力を発揮するためにも大工が必要です。
大工不足によって、大工1人当たりの効率を2000年を1とした場合に、2030年には1.4倍に上げなくてはならないという調査結果もあるそうです。1.4倍に上げるというのはどういうことか、どんな仕事が大工さんに残されているのか。このあたりも考えてみると末恐ろしく感じます。これを説明しはじめると長くなりますが、建築家と職人は一緒にやっていく方法をどうにか考え出してほしいなと思います。
建築家は省エネ住宅とどう向き合うか
小原 隆(日経BP総合研究所上席研究員/元『日経ホームビルダー』編集長)
日経BPの小原と申します。『日経ホームビルダー』という住宅雑誌の編集長をしていました。『日経アーキテクチュア』という建築雑誌にも携わっていました。私からは省エネについてお伝えしたいと思います。
昨年5月に改正建築物省エネ法が公布されました。改正されるのは大きく3つあって、1つ目はトップランナー制度の拡充。2つ目は省エネ基準適合が義務付けられる対象が延べ面積300㎡以上になる。3つ目は建築士から建築主への説明義務が始まるというものです。この2つ目と3つ目については施行が来年の4月ですので、今から準備をされている方も多いと思います。
説明義務制度は、簡単に言うと省エネ基準に適合しているかどうかをきちんと計算して、建築士はそれを建築主に説明するというものです。その前提として、今年すべての新築に省エネ基準の適合が義務化される予定だったのですが、それは見送りになりました。どうしてかというと、中小工務店も建築士(設計事務所)も、その半数が一次エネルギー消費量や外皮性能を計算できていないという調査結果が出ているからです。5割くらいしかできていないのに、ここで義務化してしまったら建てる時に混乱をきたし、建築確認が止まってしまうことを国交省は恐れたのです。ですから300㎡未満の小規模なものについては見送ることになり、300㎡以上の非住宅建築が省エネ適判の対象になりました。
建築家など住宅生産者に「施主は省エネ住宅のメリットを十分に理解していると感じるか」と尋ねた調査結果を見ると、「大部分の施主は理解していない」という回答が4割。一方、建て主側は省エネは不要だと思っているかというと、「検討したい」という方が6割以上、「建築士から具体的な提案があれば検討したい」という方が3割、合わせると9割近い方が省エネ住宅を検討したいと思っているようです。これは、省エネは当たり前にやっているはずということの前提の裏返しなのかなと思います。それに対して、プロ側の意識があまりに低いのではないでしょうか。
実際、建て主はこのように思っているのではないでしょうか。「この家は寒くありませんか?」、「乾燥はしませんか?」、「カビは生えませんか?」、「光熱費はいくらくらいでしょうか?」。こういうことはデザイン以前に思っていることかもしれません。それに対して建築家はどう応えているか。例えば、「Low-E複層ガラスを入れているから大丈夫です」、「庇があるから問題ないです」、「窓を開ければ風が通ります」、「結露するのは仕方ありません」、「光熱費は住んでみなければ分かりません」。実際こういう説明をする方もいらっしゃるのではないでしょうか。そう言われると建て主は「本当にそうなのかな」と考えてしまう。でも心の中ではもっときちんとした説明がほしいと思っているように感じます。
説明にはエビデンスがないと納得できない人は多いと思います。UA値やηA値、一次エネルギー消費量を計算しないで客観的に説明できるのか。これをきちんと説明できればお客様にも納得していただけるし、申請関係の書類を書く時も何の問題もなくできると思います。
これからの建築は、新築はすべて省エネ基準に適合することが大前提になります。既存については不適合の場合がまだまだあると思いますが、適合するために省エネの性能向上のリフォームをしていく必要があるでしょう。こういった中で、建築家はこれからどういうスタンスで省エネに向き合っていけばよいのでしょうか。
ゼネコンや工務店の事業所数は、2004年から2014年の10年間でほぼ半減しています。一方、設計事務所はほとんど潰れていません。従業者数も少し減っているくらいです。これが今後どうなるのか。近年異常気候が続いています。そういった気候変動の中で、非常事態宣言を国や自治体が出していますが、これは建築家にまったく関係のない話ではありません。早稲田大学の田辺新一教授からお借りした資料には、アメリカの建築家協会(AIA)でも気候変動に対して宣言を出していると書かれています。そのひとつに、「建築家の日々の慣行を変革して、ゼロカーボン、公平、レジリエンスで健康な建築環境を実現する」とあります。日々の設計行為の中で省エネを考えて、気候変動にできるだけ適応するような建築をつくっていく。そういうことを建築家自ら考えていかなくてはいけないということで、AIAはこのような行動規範をつくっています。日本の建築家の皆さんにも考えていただきたいと思います。
この10年で工務店の設計力が上がった
木藤阿由子 (『建築知識ビルダーズ』編集長)
エクスナレッジの『建築知識ビルダーズ』の編集長をしております木藤と申します。『建築知識』は知ってるけれど、『建築知識ビルダーズ』って何?という方が多いと思いますので、まずは自己紹介させていただきます。簡単に私のプロフィールを申し上げますと、1975年静岡生まれ、大学は教育学部で建築とは無関係の学生時代を過ごしました。卒業後は旅行会社に就職し、そこで旅行業界誌と出会い、B to B、つまり企業に向けて情報を発信していく面白さを経験しました。『建築知識』を知り転職したのは27歳の時でしたが、建築についてまったく知識がない状態でしたから、とても苦労しました。
たとえば、有名な構造設計の先生に取材した時に、「君は何学部だ?」と聞かれ「教育学部です」と答えると、「建築科を出ていないやつがなんで来るんだ」と洗礼を受けました。ただ、その先生は私を門前払いするのではなく5時間ほど構造について講義してくれました。また、建築家の自邸に行けば、「見て、タイルの目地が揃っているでしょ」と言われ、私としては、目地が揃っているからどうなんだろう? 「見て、床とデッキが面一になっているでしょ」と言われて、段差があると何でだめなんだろう?と理解できない。そんな日々が続き、『建築知識』にいた7年間は建築家の気持ちが分からない落ちこぼれ編集者として扱われていました。
そんな時に、いわゆる『建築知識』は読んでいないけれど住宅業界に関わっている工務店に向けて雑誌をつくることになり、私はその編集長を任されました。それが『建築知識ビルダーズ』です。2010年に立ち上げましたから、ちょうど今から10年前になります。そこから年間100軒前後、主に工務店の住宅を取材しています。
創刊前、いろいろな工務店に、「新しい雑誌を立ち上げますが、どんな雑誌なら買いますか?」と聞いてみました。すると、「利益、儲かる、成約、売上、集客」この言葉が入っていれば買うよと言うのです。建築家とはすいぶん空気が違うな、そう感じながら創刊した雑誌です。ちなみに「集客」と載せたら買うと言われて、その通り表紙に「集客」と載せた号は全然売れませんでしたが(笑)。
もっとも売れたのは、「伊礼智の住宅設計」を特集した号でした。普段の1.5倍くらいの売上部数で、珍しく増刷をかけたほどです。そこで私は思いました。工務店にも設計を学びたい人はたくさんいるんだ、そうであれば、工務店の設計力が上がるような雑誌をつくろうと、そんな視点で工務店の家を記事にするようになって、建築家の家で見た「目地が揃っている」ことや「面一になっている」ことの意味が分かるようになりました。プランの立て方や、立面や断面の検討、きれいな納め方など、住宅を魅力的にするための設計手法は、工務店の特に若い読者に響きました。
今年で創刊10年を迎えますが、当時と比べて工務店の設計レベルははるかに上がったと思います。全国に設計も施工も経営(ビジネス)にも優れたスーパー工務店が現れ、それに触発されたほかの工務店経営者が自社の設計力の向上に力を入れるようになり、設計事務所と協業してモデルハウスをつくる工務店も出てきました。
各地域には、年間10棟前後の小さな工務店もあれば、50棟、100棟の工務店もあります。彼らが切磋琢磨してよい家をつくれば、その地域の住宅に対する価値観を変えることができます。美しさのカケラもない今の日本の住宅街の風景を変えることができるかもしれない。私はそこに可能性を感じて、『建築知識ビルダーズ』をつくっています。
関本
それではパネルディスカッションに入りたいと思います。植久さん、小原さん、木藤さんを今回キャスティングさせていただいたのは、当協会は専業で設計をする建築家の団体ですから設計施工会社の人はスーパーゼネコンでも入ることができません。もちろん工務店の経営者も入ることができない。そんな設計専業の純粋な建築家だけが集まる協会なのですが、このままで良いのかという危機感も正直あります。
『Bulletin』では281号(2019年秋号)から3号にわたり特集として「住まい」について掘り下げています。建築家が建築家の目線で住まいを語るとどうしても建築論に陥ってしまいます。それをもう少し外側の目線から建築家の痛いところをあぶり出していただこうというのが趣旨ですので、遠慮なく発言していただきたいと思います。
パネルディスカッションの様子。
左から、植久哲男氏、小原隆氏、 木藤阿由子氏。
住まいの環境問題を考える
住まいの性能と設計者の意識
関本
まず小原さん、環境についての問題意識をもう一度お話しいただいてもよろしいでしょうか。
小原
実際設計事務所で省エネ計算をどのくらいしているのか。私が担当する取材記事では必ず性能値をスペックとして記載するようにしているのですが、そうすると取材できる建築家が限られてしまいます。そしてその対象者が増えていかない。そういう状況から、省エネ計算をするということは建築家にとって難しいことなのかなと思っています。しかし来年4月になれば、施主に説明しなくてはならなくなります。計算していませんとは言えなくなるのです。でもそこに抜け道があって、施主に「省エネ性能に関する説明は要りませんよ」と一筆書いてもらえば説明しなくてもいいのです。しかしそういうところに逃げるのではなくて、建物のスペックの説明は設計者がやらなくてはならないことだと思います。自分でできなければ計算は外注すればいいのです。そこは徐々にチェンジしていかなければならないと思っています。
関本
木藤さんの『建築知識ビルダーズ』では「日本エコハウス大賞」というコンテストをやられています。工務店と設計事務所の意識の温度差のようなものを感じることはありますか。
木藤
工務店もさまざまですので一概に言えませんが、工務店だろうが設計事務所だろうが、性能をきちんと理解せずに「自分はできている」と思い込んでいるプロが、最もやっかいだと思っています。
関本
意識の高い工務店は性能値が売りになっているけれど、実際空間としてはどうなのか。逆に彼らに言わせると建築家の住宅は性能には無関心じゃないかと。その2択の問題でもないような気がしますが…。
木藤
ユーザー目線で言えば、性能が高いからダサくていい、デザインがよいから性能は低くていいという人はいないでしょう。性能も意匠もどっちもちゃんとやってほしいと思います。性能派と意匠派で対立している場合ではないのです。私が日本エコハウス大賞を立ち上げたのは、そうした現状が嫌になったからです。性能派の審査員と意匠派の審査員の両者が認める住宅を、最も優れた住宅として表彰したのです。
植久
私は木造が大好きで、プロポーションが大事だよね、もっと架構の話をしようよ、なんてことをずっとやってきましたから、高気密高断熱など性能を売りにしている住宅を見ると、なんか面白みがないというか、もう少し頑張ってほしいなと思ってしまいます。
それから技術というものはいろいろありまして、大工や建築家が持っているつくる技術、それから補修をする技術、あと捨てる技術の3つで完結します。というのも、地球環境のことを考えて省エネ住宅をつくることは否定はできないですし、やはりそうしなくてはいけないと思っていますが、環境に負荷がなく安全に捨てるところまで考えながら材料や工法を選択してほしいと思っています。
関本
性能問題を考えた時、我々建築家は、環境を断熱の数値だけで見るのは狭義であって、もう少し広く社会に開いたり、環境を含めて整えたりするところがあります。逆にいうとそれが隠れ蓑になっているのかもしれませんね。
木藤
断熱=数値という考え方がそもそも違うのではないでしょうか。その印象を変えないと建築家は一生断熱をやらないのではないかと思います。なぜ断熱するかを考えれば取り組む理由は十分分かると思います。
住まいの作り手問題を考える
職人不足・工務店との協働
関本
植久さんの最初のお話にもありましたが、職人不足は皆さん肌で感じていると思います。だからこそ工務店と協働するなど、新しい関係を結ぶ時期がきているのかなと思っています。
植久さんは建築家と工務店や職人の協働についてどうお考えですか。
植久
切っても切れない仲なのに、なぜ今まで仲が悪かったのでしょうか。工務店とひとり親方ではまた違いますし、そのへんを理解してお付き合い願いたいのです。ただ、最初からチームとして考えてほしいとも思いますが、いまだに建築家に不信感のある大工は「何しろ、早いのは逃げ足だけだからなあ」、と冗談交じりに言いますね。
関本
木藤さんにうかがいたいのですが、職人不足問題もそうですが、設計良し、施工良し、経営良しという工務店が地方に増えている印象があります。そういうものが生まれてきた背景や思うところがあればお聞かせいただけますか。
木藤
全国にスーパー工務店が台頭してきたのは、団塊ジュニア以降の若い経営者たちがハウスメーカーや競合他社と差別化するために「設計力」を重視したことが大きいと思います。彼らは、建築家の設計手法を学び、そこに施工性やコストを考慮して自分たちのものにしました。最近では、設計事務所のように施工エリア以外の住宅の設計を請け負う工務店も出てきています。
自社で設計力をもたなくても、積極的に建築家とコラボレーションしようと考えている工務店も少なくありません。彼らの親世代は、設計事務所の仕事=儲からない、手間がかかる、痛いめに合うという強いアレルギーをもっていますが、若い世代は設計事務所との仕事を学びの場ととらえ、一種の自己投資と考えています。裏を返せば、単なる施工の下請けはやらないため、自分たちが学べて、うまく協業できる設計事務所を選んでいますね。作品性も大事ですが、ある程度、ビジネス感覚をもっていることも条件にあるようです。
一方で、地方には昔ながらの大工工務店がまだまだあって、彼らもまたデザインが上手くないばかりに存在感を失いつつあります。こういう大工工務店と町の設計事務所がタッグを組んだらよいのにと思います。また、高性能住宅はつくれるけど、デザインが上手くない工務店も、性能に理解のある設計事務所とコラボしたがっています。性能も意匠も高いレベルが求められる昨今、お互いの強みを生かしあえる協業相手を見つけることが急務といえるでしょう。これからは、協業上手が生き残る時代だと思っています。
関本
設計事務所嫌いの工務店があるというのは非常に耳の痛い話です。小原さんも工務店と付き合う中で最近聞かれる話や感じることはありますか。
小原
相見積もりを取らない設計者は増えています。職人が減っているということもあると思いますが、設計者と施工者という関係ではなくて、一番誰のためかというと施主のためなのです。施主が第三者的な設計や監理を本当に求めているのかとも感じます。施主は適正な価格で、きちんとした建物をつくってくれればそれでいいわけです。そのためには設計と施工が分離しようが、設計施工一貫であろうが関係ありません。もちろん設計者と施工者の関係がずぶずぶになるのはまずいですが、必ずこの人だったら良いものをつくってくれるという施工者と組むのは全然悪い話ではなくて、そういう相手を見つけられる設計者が今後強いのかなと思います。いろいろ話を聞いていると、設計事務所案件でいつもタッグを組む施工者を持っていないところは、そのたびに施工者を見つけて相見積もりを取らなくてはならなくて、結局良いものができないし、苦労ばかりを重ねてしまう。ちゃんとタッグを組める相手を早く見つけた方がいいと思います。
建築家の情報発信問題を考える
社会と建築家
関本
今はSNSやインターネットで設計者を検索をして訪ねてくる人が多いです。それを建築家も分かっていますから、皆さんホームページを整理してSNSでも積極的に発信していますが、結局それもみんな同じことをやっているので、建築家の違いがだんだん分からなくなってきているような気がします。建築家はどうすればよいのでしょう。
植久
今建築家のホームページを見ると、コンセプトと作品、あと会社案内が載っていて、だいたいパターンが同じです。似た情報がたくさん出てきますから、何がいいのか分からなくなってしまいます。でもよく見ると行動についてはそう載っていない。発信力は1人より複数の方が強いです。仲間と建物を見に行ったり、街づくりの応援をしてみたり、そういうことをしていますということを発信するのがよいのではないでしょうか。
建築家はもっと街に出た方がいいですよ。街に出た成果を発信してみてください。または、自分の仕事だけではなく、現場技術を分かりやすく集積してみるのはどうか。小さな工夫でも集まれば、個性溢れるデータ集があるホームページになるかもしれません。
小原
今僕は特定の雑誌にいるわけではないので俯瞰的に見ているのですが、今一番お金がつく、悪く言えば儲かるのは省エネと木材活用、木造の非住宅です。これらは両方ともブルーオーシャンなんです。先ほどお伝えしたように、きちんとした断熱ができて、デザインセンスがいい住宅はすごく少ないのです。建築家の皆さんはデザインセンスがあるのですから、あとは省エネなどをきちんと考えていく。自分で計算しなくても計算は外に出して、きちんとしたエビデンスを持って、デザインセンスのあるものをつくる。これはすぐにでもできると思います。
それから、木造の非住宅。日本の山は木が肥えすぎていて、どんどん使っていかなくてはならない状態です。そしてそれができるのはゼネコンというよりも、木造住宅の知識がある工務店であり設計事務所。住宅のモジュールをそのまま大きくしていくことで、高いものは難しくても横に広いものはつくれますから、住宅の建築家は木造の非住宅に挑戦するのがいいのではないでしょうか。
木藤
出版社も生き残りが厳しい時代ですが、ひとつ言えることはこれだけSNSやインターネットがある中でも売れる本はあるのです。当社でいうと『住まいの解剖図鑑』が12万部も売れています。この本の著者は増田奏さんという建築家ですが、本の中に作品はひとつも載っていません。イラストと文章で、ただただ読んだ人に「建築を楽しく理解してもらう」ことに終始しています。逆に作風を全面に出して売れた本が、『伊礼智の「小さな家」70のレシピ』や『荻野寿也の「美しい住まいの緑」85のレシピ』です。これも作品ごとによいところを解説するのではなく、家づくりや庭づくりのノウハウを一般的な言葉で語ったことが市場に受け入れられたのだと思います。どんなに能力があっても、それが頭の中で自分の手法として整理され、一般的な言葉で語ることができないと、なかなか伝わりません。逆にそれができている人は、インターネットだろうが、本だろうが、多くの人に支持されていると思います。人が見る・読む理由は、自分の知らない知識や新しい発見、気づきがほしいから。簡単なことではありませんが、自分の視点から離れ、届けたい相手の視点に立って、自分の作品や思想を発信することが求められていると思います。
設計業界の働き方改革を考える
希望ある業界とするために
関本
最後に若者に向けてのトピックで終わりたいと思います。と言いつつ私から暗い話をしてしまいます。先ほど職人の人手不足問題の話がありましたが、同業の建築家の皆さんからもスタッフが集まらない、求人を出しても全然来ないという話をよく聞きます。来ない理由は、ひと言で言うと設計事務所に魅力がないからだと思います。私が非常勤で教えている大学でも、アトリエ設計事務所に就職する人は1割もいません。3~5%くらいではないでしょうか。大学でもどんどん設計離れが進んでいる。それはやはり設計業界に魅力がないから。なぜ魅力がないかと言うと、労多くして実りが少ない業界だからです。徹夜や休日出勤して、こんなにやっているのになぜこれしかもらえないのか。これでは若い人は来ませんよね。
設計業界に限りませんが、会場に来ている学生さんに、進路を決める時のアドバイスがあれば一言ずついただけますでしょうか。
木藤
建築業界に入ろうと思ってもらうためには、やはりいい仕事、いいものをつくって見せていくしかないのではないでしょうか。建築には出来上がっていくプロセスの面白さがあります。今はバーチャルなもので溢れていますので、建築のような究極のリアルを求める人はいると思いますし、それが最大の魅力です。よいものをつくることの面白さや感動があることを、しぶとく実践し発信し続けることが重要だと思います。
もうひとつは、設計事務所、工務店、大工と分けるのではなく、大工さんが一級建築士資格をもってもいいと思いますし、工務店が設計部をもってもいいし、設計事務所が直接大工さんに発注することもあります。固定概念にとらわれず、新しいことをどんどん始めている若い人もたくさんいますし、好きなことができる余地は十分あると思います。IT長者のようなお金持ちになれる業界ではないけれど、やりがいのある仕事だと思っています。
小原
どうして設計事務所の人が徹夜して仕事をするのか。学生さんが卒計の提出期限が近くなってくるとどうして何泊も研究室に泊まってまでやるのかというと、それは楽しいからなんです。僕も建築学科を出て設計をしていましたが、やはり楽しいのです。その醍醐味は絶対になくならないだろうし、そこにどうやって力とお金を注ぎ込むことができるのかをこれから設計事務所は考えていかなくてはならないと思います。時間さえかければいいのではなくて、単に労働集約型の設計ではなく、さっき話した省エネ計算や構造計算は自分たちでやらなくていいのです。やってくれるところにちゃんと出す。でも出すからには自分でどういう意思をもって設計をしているかを明確にした上で出す。申請だって自分が頑張ってやらなくても、これからはAIの時代ですから、BIMで描いていったらBIM申請してAIが建築確認で判断する時代がすぐ来ると思います。だから本来の創造的な仕事以外のことに時間を取られないように、自分しかできないことを自分で考えていく。設計事務所の先輩方はそれができるような素地をつくっていくのがここ2、3年くらいでやらなくてはならないこと。10年後には大きく変わっていると思います。BIMなんてみんな扱えるようになっているし、AIが審査するのも数年後には普通になっているのではないでしょうか。ですからその時になって大慌てしないように、今から自分たちが楽しめることを必ず確保するような仕事のやり方をしていただければと思います。
植久
みんな言われてしまいました(笑)。では私の夢をひとつお話しします。
大分県の上津江町のトライ・ウッドという会社が輪掛け乾燥という木材の乾燥方法を実践しています。だいたい樹齢60年以上の木を井桁に組んで、山に風通しのいい場所をつくって、1万本くらい1年間乾燥させています。もちろんそれから山から下ろして製材してまた乾燥させてということをやっているのですが、その事業を支えているのは、ひとつの有力な地域工務店なのです。つまり、ひとつの地域経済をひとつの工務店が頑張れば動かすことができるのです。
何かをしようと思って取り組めば、社会を変えることはできます。これをみなさん覚えておいてください。そんな夢をぜひ見てください。若い人たちは夢を捨てる必要は全然ありません。
構造家の山辺さんは今は木造の大家と言われていますが、大工塾を始めた当時は木造はあまり扱ったことがありませんでした。でも大工塾で26、27年経つとあんなに大先生になれるのです。皆さんの10年後20年後はどんな自分にでもなれるのではないでしょうか。夢を捨てずに走ってください!
関本
ありがとうございます。時間となりましたのでここで終了とさせていただきます。ご登壇の皆さまに今一度大きな拍手をお願いいたします。
本日はどうもありがとうございました。
シンポジウムを終えて
秋号、冬号、春号と連続して企画した「住」についての特集がこのシンポジウムをもってひとまず終了となります。多くの人にとって最も身近な建築であろう住まいを、各号さまざまな切り口から複数の方に語っていただき、住宅設計に長く関わる私自身としても、新たな気づきや発見が多々ある充実した企画となりました。ご協力いただいた皆様、本当にありがとうございました。
今回のシンポジウムは学生の参加も目立ちました。数名の学生からはシンポジウム後にコメントをいただきましたので、この場を借りてご紹介します。将来のJIA、そして建築界を担う人材が出てくることを願って!
- ・トークセッションでは、省エネや工務店と建築家の関係性など、興味深い内容が多くて勉強になりました。その後の懇親会でもさまざまな話を聞けて、多くのことが学べました。
- ・編集者の方や、実際に建築に携わる方々のお話を聞くことができ、貴重な体験ができました。
- ・編集者の視点で建築を考えるということは、普段の講義では得られない貴重な機会でした!協業の話をはじめ、これからの建築業界に求められることがほんの少しだけ分かった気がします。本当に楽しかったです。
- ・シンポジウムだけに留まらず、懇親会では建築業界で働いている方々を紹介いただき、話を聞くことができました。新鮮で面白かったですし、将来の進路を考えるにあたって貴重な時間になりました!