JIA Bulletin 2016年7月号/海外レポート

エコロジカルな建築、都市、ライフスタイルの発信地
オーストリア・ウィーン

渋川 美佐

渋川 美佐

 

 私が大学院を卒業してから、初めて建築設計の仕事に就いた街はオランダのアムステルダムでした。平坦なオランダの土地から、美しいアルプスの山々や自然がすぐそこに広がるオーストリアの首都ウィーンに移り住んで13年になります。ウィーンでオーストリア人の夫と設計事務所を始めて10年近く経ちましたが、この街で子育てをしながら建築の仕事に関わる中で日々感じることや、気付いたことをお伝えしたいと思います。

 

自然と建築
 オランダからオーストリアに来て、まず感じた大きな違いは自然と建築の関係です。オランダには山がなく、海面より低い平地に運河を巡らせて人工的に作った国土に建築を建てているので、建築自体で人工的にランドスケープを作り出したり、建築家のコンセプトがそのまま空間化されて、斬新なデザインが生まれる傾向があります。それに対して、オーストリアの建築文化にはまず守るべき大自然が第一前提としてあります。建築を創る姿勢が非常にエコロジカルで、自然エネルギーを使うことにも高い関心があります。デザインも自然と素材そのもの良さや、ディテール、空間の快適さなどが重視される傾向があり、特にスイスに近い山間の地方では、木材を使った良質でミニマムなデザインが主流です。
 私の事務所では学校建築を多く設計していますが、公共建築のコンペでは必ずエネルギー効率の良い設計提案をすることが設計要項に書かれており、州によっては省エネルギーの厳しい基準を満たす建築が求められます。例えば、以前設計した学校では、敷地内に地下120mまでU字管を36本埋設し、不凍液を循環させて地中熱を集め、暖房と温水に使うヒートポンプシステムを採用しました。建物の断熱性を高めるために外壁材の外に20cmの厚さの断熱材を使用し、窓にはトリプルガラス、そして太陽光の照度に自動的に反応する外付けのブラインドを使用しています。窓を開けることで気密性が損なわれないよう、教室内のCO2の濃度が高まると自動的に空気を循環させる空調システムも使われています。これらの初期投資はとてもコストがかかりますが、エネルギー消費量は低く、ランニングコストは低く抑えられます。

 

オーストリアの大自然
ファサードのデザインとなる日除けパネル

 

エネルギー問題と建築
 日本では東日本大震災以降、エネルギーの問題が大きくなっていますが、オーストリアから日本に帰国すると、エアコンで冷暖房することによるエネルギー消費があまりに大きく、非効率であることに気づかされます。建物の気密性や断熱性があまりに低いのです。冬に熱を逃がさないための外断熱と、夏に日射を遮蔽する外付けのブラインドや日射除けはオーストリアでは標準装備で、設計者が必ず考慮すべきものです。環境対策としてこの2つだけでも日本で広く普及すれば、エネルギー消費量を抑えることに寄与できるのではないかと思います。
 オーストリアはヨーロッパの先進国の中でも原発を持たない数少ない国の1つです。実は1972年にウィーンから50kmほどしか離れていない街に原子力発電所が建設されました。多大な建設費をかけて完成したにもかかわらず、1978年に国民投票が行われてオーストリア市民が原発に反対する選択をしたため、結局一度も運用されることがありませんでした。現在エネルギーの半分以上は水力発電で賄われていて、総電力消費量の約60%を再生可能エネルギーが占めています。
 今でもオーストリア国民には、自分たちの手で原発にNOと選択したのだという意識が強くあり、そして何よりも美しいオーストリアの大自然を誇りに思っています。そのことはオーストリアでも地方に行くと良くわかります。どんな小さな地方の町でも新旧の建物が自然と調和して綺麗に保たれていて、湖や河川は飲料水としての水質です。日本の地方に訪れると、どこの県に行っても同じように開発された中心地がある一方、びっくりするほど過疎化が進んでいる地域がありますが、この国では各州の自治体の独立性が高く、州民の自らの州への郷土意識もとても強い上にすでに70年代から自然保護と観光に力を入れているので、どんな田舎へ行っても景観と州独自の文化が保たれているのです。また観光地としてどんなに魅力的な場所でも、経済論理優先で商業施設や住宅地の開発が行われることがなかったということは、街や自然の景色を見れば一目瞭然です。
 なるべく地元で生産されるエコロジカルな建材を使って、自然環境と調和した建築を建てるという姿勢はこの国の食文化の在り方とも共通しています。オーストリアにある有機農地面積の割合は20%とヨーロッパ一のオーガニック先進国です。環境に意識が高い消費者が多く、スーパーではオランダやスペインで大量生産された野菜も安い値段で売っていますが、少し高い値段でも、なるべく地元に近いオーストリアの生産地で、オーガニック農法で作られた、旬の新鮮な野菜や肉を買おうという人が私の周りでも多いです。

 

美術館やギャラリー、カフェが集まるミュージアムクオーター

ウィーンの街を見下ろすワイナリー

 

世界で一番住みやすい都市
 ウィーンは7年連続で2016年も「世界で最も生活環境が良い都市」の1位にランキングされています。実際に住めば住むほど本当に住み心地の良い街です。なぜこの街が魅力的かということは、ここに住む人々のメンタリティ、自然環境や文化との関わり方、経済、ライフスタイルにも大きく関係していて、それがそのまま建築や都市のあり方に反映されていると思います。
 ウィーンはパリやロンドンなどの大都市と比べるとこぢんまりしていて、中心地は歩いてどこでも行ける大きさですが、文化の充実度は大都市に負けないもので、音楽分野はもちろん、芸術、建築、食文化がとても豊かな街です。ここではコンサートに行ったり、さまざまな芸術に触れることは子供の頃からごく身近なことで、それは街の誇りでもあります。
 大都市ではないので、大企業というものがあまりなく、建築分野でも日本のような大きなゼネコンがありません。小規模な設計事務所が多く、他の職業分野でも私の周りでは個人で仕事をしている人がほとんどで、街全体が自由で多様なライフスタイルに包まれています。まずスーツやネクタイをしている人はあまり見かけません。街が小さいので通勤時間が短く、家族との時間や余暇の時間を大切にできます。共働きで小さな子供がいる家庭でも母親か父親が交代で、午後3時には子供を幼稚園や学校に迎えに行って、ゆっくりと午後を過ごす人がほとんどです。
 私は東京出身なので日曜日に街中の店が全部閉まってしまう不便さに慣れるまで数年かかりましたが、今では素晴らしいことだと思っています。なぜなら必然的に週末はゆっくり家族や友人と過ごしたり、近くの自然に出かけようということになるからです。ウィーンの中心に住んでいても、車や電車で30分も行かないうちに森やぶどう畑が広がっていて、自然がとても近くにあります。東京の街で感じるような、消費をしなければいけないという脅迫感はなく、経済至上主義ではない豊かな暮らしの選択肢がここにあると感じています。

 

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