JIA Bulletin 2017年春号/海外レポート
英国のBIM普及状況について
NBS(National Building Specification)訪問
小笠原 正豊

 BIMは世界的に見てどの程度普及しているのでしょうか。特殊なパイロットプロジェクトや、プロジェクトを通じてうまく活用できた一部分のみを取り上げて、「BIMの活用ができた」としている場合が多いように思えるのですが、実際どの程度、建設産業に普及しているかよく分かりません。
 現在、安藤正雄千葉大名誉教授や志手一哉芝浦工業大学准教授らとともに、米国と英国を対象として「BIMがどの程度浸透しているのか」について、発注者・設計者・施工者や各種団体に対する調査を進めています。この「海外レポート」では、2017年秋に英国ニューカッスルにあるNBS本部を訪問した時のことについて書きたいと思います。

■NBS(National Building Specification)とは

 NBSは設計・施工時に用いられる「仕様書」の記述方法を制定するRoyal Institue of British Architects(RIBA 王立英国建築家協会)の外郭団体です。1973年に設立され、現在では5,000以上の事務所でNBS制定による「仕様書」の記述方法が使われています。2012年にはBIMライブラリを立ち上げその普及に努めています。
 建築の設計図書は、大きく分けると「設計図」と「仕様書」から成り立っています。「設計図」および「仕様書」は建物ごとに異なりますが、「仕様」の内容をどのように分類し、どのように記載するかについて「標準化」された共通認識がないと、新しくプロジェクトチームを組む設計者間および設計者施工者間での情報共有がスムーズにいきません。
 BIMは単なる3次元モデルとして認識されがちですが、その本質はさまざまな属性データを含んだ建築物のデータベースであり、その情報を計画・設計・施工・運用でつないで、利活用していくことが重要と考えられています。BIMを推し進めるためにはこのようなデータベース構築がカギとなりますが、その記述方法について共通理解がないと、データベースが適切に構築できず、結果うまく情報共有できないことにつながります。「標準化」を進め、その記述方法を制定するNBSは、BIM浸透にとって大変重要な役割を果たしているといえるでしょう。
 NBSの行った調査によると、英国ではBIMは着々と浸透しているようです。BIMを採用している人の割合は、2011年には13%であったものの、2017年には62%にまで上昇しています。一方でBIMを採用していないかその必要性を感じていない人の割合は、2011年には43%であったものの2017年には3%まで減少しています。これらから、BIM化への移行が順調に進み、この6年間で設計手法が大きく変化していることが分かります。

 

フルリノベーションされたNBSの建物
 

天井の高い1階オフィス

■BIM Mandate

 「手書き」から「CAD」に移行した時、設計手法において大きなパラダイムシフトがありました。「CAD」から「BIM」に移行しつつある現在、設計組織によっては「CAD・BIM併用」として緩やかに変わる場合もあれば、新しいプロジェクトを境に「CAD」から「BIM」へと大きくシフトする場合もあるでしょう。これらの流れを「BIM成熟度モデル」は概念的に示しています。
 英政府は、2016年4月4日までに、公共調達プロジェクトをBIMによって行うことを宣言しました。これはUK Government’s BIM Level 2 Mandate(BIM Level 2によって公共調達を行う英政府の命令)と呼ばれています。
 日本では、組織事務所やゼネコン設計部の先進的な試みもありますが、日本全国のアトリエ設計事務所や中小工務店も含めると、大部分の建築プロジェクトはいまだLevel 1(またはLevel 0)といったところではないでしょうか。NBSの調査によると、現段階で70%はすでにLevel 2に到達しているようです。Level 1にとどまっているのは27%であり、Level 3に到達しているのは7%という結果が出ています。Level 3までにはまだまだ時間がかかりそうですが、日本よりもはるかに浸透しているといえそうです。
 英政府の方針は、まずは公共調達プロジェクトによって英国内にBIMを浸透させ、徐々に民間プロジェクトでもBIM採用を促すというものです。実際に施工や運用に活用するため、デベロッパーなどの発注者もBIMによる設計情報の作成を義務付けていると、英国の発注者・設計者からもヒアリングすることができました。

 

図1 BIM成熟度モデル (BIM Maturity Model)
British Standards Institute (BSI) の関連ウェブサイトより
http://bim-level2.org/en/guidance/
Level 0:2次元のCADによってのみ設計図書を作成する
Level 1:2次元と3次元の組合せによって設計図書を作成する
Level 2:BIMモデルを、意匠・構造・設備などで部分的に共有する
Level 3:共通のBIMモデルを関係者間全員で運用する  

■組織設計事務所とアトリエ系事務所

 設計環境は組織設計事務所とアトリエ系事務所で大きく異なると考えられます。組織設計事務所は資金やノウハウもあり、大規模プロジェクトを設計しているため、BIMを採用するメリットも大きいかもしれません。一方、アトリエ系事務所ではなかなかBIMに手を出しづらいのが日本の現状なのではないでしょうか。
 調査によると、英国では、小規模事務所(15人以下の組織)では、48%の事務所がBIMを採用しているのに対し、中規模事務所(16人〜50人の組織)および大規模事務所(50人以上の組織)では74%の事務所がBIMを採用しています。日本では、小規模事務所であるアトリエ系事務所もここまではBIMを採用していないのではないでしょうか。

■オープンなプラットフォーム

 NBSのように「仕様書」の記述方法を制定する団体が存在し、絶えずその枠組みを更新していることが、BIMの浸透に大きな役割を果たしています。ちなみに米国にはConstruction Specifications Institute (CSI)と呼ばれる団体が存在し、NBSと同様の役割を果たしています。NBSとCSIはそれぞれ独自の記述方法を持っていますが、お互いにすり合わせをする試みもなされているようです。
 日本のプロジェクトでは、官庁営繕の公共工事標準仕様書が「標準仕様書」として使われています。しかしこの標準仕様書において用いられている分類・記述方法は「標準化」されているわけではなく、必ずしも日本国内のすべてのプロジェクトで同じ分類・記述方法が使われているわけではありません。例えば設計者が特記仕様書を作成する場合、見出し番号や分類方法も、設計事務所やプロジェクトチームによってまちまちです。これでは、設計・施工・運用をつなぐデータベースにはなりえません。
 「標準化」の概念は、日本ではあまり馴染みがないかもしれません。米国の事例となりますが「標準化」の分かりやすい事例として、US National Cad Standard による各レイヤーの命名ルールがあります。例えばArchitecture(建築)のWall(壁)のFull(フルハイト)を表現する場合、A-Wall-Fullというレイヤー名とするように規定されています。こうした「標準化」されたルールに従って各設計者が図面を作成することによって、意匠・構造・設備の設計者のみならず施工者・発注者・運用者を含めて情報共有を円滑にすることが可能となります。

   

NBSでのミーティング
 

 NBSにおけるミーティングでも、「日本は技術が進んでいると思われるのに、なぜBIMが普及しないのか?」「なぜ日本には、『仕様書』作成のための共通の分類方法がないのか?」といった疑問を投げかけられました。「標準化」に基づくオープンな環境で建設産業を振興していく方が良いというNBSの人たちにとって、日本のように各組織ごとに閉鎖的に開発や設計を行う状況がよく理解できないようでした。このような彼らの疑問は、BIMの必要性を感じていない日本国内マーケットのみを対象とした建築関係者にはあまり響かないかもしれません。
 今後、日本の発注者・設計者・施工者の間で本当にBIMが浸透するのか、日本にBIMを浸透させるにはどのようにすればよいのか、日本独自のBIM活用手法があるのか等、さらなる調査をしていきたいと思います。

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