JIA Bulletin 2020年夏号/海外レポート
ドバイでのアクション
寺本健一

予測できない状況

 2020年4月末の現在、ドバイでも段階的なロックダウンが実施されています。私たちの事務所も3月末より事務所を完全に閉じ、リモートワークに移行しました。先の見通しが定かではないプロジェクトもあり、心配が全くないわけではありません。けれども思い返すと、2012年にドバイに拠点を移したときも、新しい仕事があるのかないのか分からない状況でしたし、中東文化に関しても知らないことばかりでした。日々起こる予測できない出来事を、面白いと捉えることで、ここまで実践を積み重ねることができたのだと思います。
 アラビア語に「インシャラー」という言葉があります。神の御心のままに、という訳になるのですが、私は「なるようにしかならない」という解釈をしています。ドバイでは、工期が守られることの方が珍しいし、支払いは大抵遅れます。また突然、事務所のキャパシティを超えるような大きな仕事が舞い込んできたりもします。コントロールしようと思ってもその通りいかないことも多く、常に寛容な態度が要求される環境です。余裕をもって楽観的に経営を進めていくように心がけています。

マジリス

 変化・流動が前提のベドウィン(アラブの遊牧民族)文化においては、何よりも知人との情報交換を大事にします。伝統的には、マジリスと呼ばれる応接間での顔を合わせた紹介が重視されてきました。一度出会って信頼した後には、実績の少ない若い人でも機会を与える文化です。私たちのプロジェクトのほとんどは、クライアント間の紹介によるものです。そのいくつかをご紹介します。

ドネーションによるモスク

 UAEの一般的なモスクは個人名義の寄付金で建てられることが多く、予算に余裕がないケースがほとんどです。そのため安価で工事を請け負う施工者と仕事をすることになります。図面を正確に読み取ってもらえず、英語の通じないケースもあり、現場で壁にハンドスケッチして設計意図を伝えたこともありました。
 アルワルカのモスクの礼拝室はトップライトからの自然光で満たされ、日中は人工光を必要としません。敬虔な信者は早朝から夜まで5回モスクを訪れますが、各時間帯に礼拝室の空間が異なった様相で信者を迎え入れています。


アルワルカのモスク(撮影:堀田貞雄)

自前のゼネコン

 規模の大きなヴィラの工事は、クライアントがコンストラクションマネージャーを雇い入れ、分離発注をしながら直営で進めていく場合が多くあります。これは自前でゼネコンをもってしまうようなもので、いわゆる普請道楽になり工期は長くなります。あるヴィラは8年経ってやっと上棟し、これから仕上げ工事が行われる予定です。いつ完成するか分からない「インシャラー」なプロジェクトです。

設計と工事の同時進行

 75個のリサイクル海上コンテナを組み合わせて、ギャラリー・カフェ・ショップ・オフィスなどを含んだ多目的複合施設をデザインしました。伝統的なアラビックの都市構造を参照して、シッカ(路地)で結ばれたコートヤードが主体となるように各建物を配置しました。依頼を受けてから6ヵ月以内に工事を完了しなければならなかったので、設計開始と同時に基礎工事もスタートしました。当初、5年後に解体される予定と聞いていましたが、7年目の現在も活用されています。


多目的複合施設「ハイ d3」(撮影:堀田貞雄)

オールスター

 ドバイのスカイラインを一望する新しい人工島における計画で、100mの長さのプライベートビーチをもつ6,500m2の敷地に延床2,500m2のビーチヴィラをデザインしました。日本と関わりの深いビジネスを展開する資産家で、中東最大のアートコレクターの1人でもあるクライアントから、ゲストをもてなすためにサプライズのあるデザインを求められました。インテリアデザインは東京のスーパーポテトに、ランドスケープはシンガポールのサラダドレッシングに声をかけました。屋上に設けた日本庭園の作庭は京都の植彌加藤造園、ビーチガーデンには藤森照信さんに茶室のデザインと施工を依頼しました。地上階では外部のランドスケープを積極的に室内にまで持ち込み室内外を一体的に取り扱い、上階の全居室はすべて専用のテラスをもち、各々の眺望を確保しました。


ジュメイラのビーチヴィラ (撮影:Darren Bradley)

民間資本による公共空間

 ドバイクリーク沿いに、アートセンターとアートパークをデザインしました。ドバイは85%が外国籍の住民で構成される、文字通りグローバルな社会です。地縁的なコミュニティが醸成されにくい都市ですが、近年はアートを中心にしたコミュニティが活発になっています。アートを通したアクティビティによって新しい価値観を提供する場が求められました。鑑賞のためだけの権威的な美術館建築ではない、プラットフォームとしてのアートセンターです。アートパークと共に無料で利用でき、観光客も含めて、国籍・年齢を問わず、幅広い層の人たちが出会える場となりました。ドバイらしい、民間資本による新しい公共空間がつくれたと思います。
 同様に、サウジアラビアのジェッダにも、同国では初となる複合用途アートセンターをデザインし、今秋の竣工に向けて工事が進んでいます。


「ジャミールアートセンター」と「ジャダフアートパーク」(撮影:Jeff Durkin)

砂漠の国のウエットランド

 2020年ヴェネチアビエンナーレ・UAE館のキュレーターにパートナーのワイル・アル・アワーと共に選出され、8月からの開催に向けてリサーチと展示のデザインをしています。砂漠のイメージのUAEですが、10のウエットランド(湿地帯)がラムサール条約に登録されています。そのウエットランドに見られる塩鉱物のリサーチから着想を得て、海水淡水化事業の廃棄物を再利用した新しいセメントの開発を行っています。
 このセメントを用いた6,000ピースのプレキャストブロックをビエンナーレ会場で組み上げて展示する予定です。UAE内の2つの大学、日本の東京大学、米国ニューヨークのアーティスト、そしてEUイタリアの工事業者と協働しています。さまざまな国籍の人々と協働・共存する、UAEらしいチーム構成で準備を進めています。

アクション

 ドバイに移り住み8年が経ちました。予測できない状況を好奇心で楽しみ、観察し、全力でデザインするというアクションの連続でした。ロックダウンが理由で、動きの少ない静かな1ヵ月を過ごすことができましたが、もうしばらく自宅に籠る必要がありそうです。ゆっくりと次のアクションを思い描いているところです。


自宅からの風景

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