JIA Bulletin 2021年秋号/海外レポート

第17回ヴェネチア・ビエンナーレ 国際建築展レポート

宮内 智久

■仮面舞踏会
 ビエンナーレ設営のための現場調査にヴェネチアに降り立った昨春、偶然にもマスクカーニバルの最終日だった。滞在先のリド島に向かう船の対岸に仮面ではしゃぐ人波が、時差ボケの眠気眼に印象的だった。民泊に着きおもむろにテレビをつけると、カーニバルが正午突然中止になったニュースが流れていた。ふと緊迫感がよぎった。それは、筆者が911にボストンにいた時、311の地震直後に経験したものを彷彿とさせた。急いでスーパーに向かうと街はすでに閑散としていた。
 ところで、「検疫」を意味する英語「quarantine」は、イタリア語の「40日」が語源で、ペストが流行した時の船の中での隔離期間に由来する。中世ヴェネチア発祥の言葉であり、また仮面をつけるのもそもそもは感染を防ぐためだったらしい。ヴェネツィアの大運河に面して建つサンタ・マリア・デッラ・サルーテ聖堂の中央には、ペストを老婆に模した疫病退散を願う像がある。今またその歴史が繰り返されているのかもしれない。
 それから1年弱、2回の延期を経て、今年5月に第17回ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展がいよいよ開幕した。この間に世界は様変わりしてしまったが、当初は芸術展が主体だったビエンナーレは世界大戦中も延期なく開催された歴史があり、中止にするつもりは毛頭ないようだった。ヴェネチアの歴史故かもしれないが、文化活動は軒並みキャンセルという風潮も再考の余地があると思う。
 設営現場のアクセスは厳しく制限され、作業に入る全ての人が4日に1度、入口でPCR検査を受ける必要があった。このために何回検査を受けたかはもう忘れることにしよう。筆者はスペインのマドリード在住のためヴェネチアに渡航することができたが、シンガポール代表で設営に来られたのは私一人だった。しかしながら現地の強力なサポートのもと、無事開催を迎えることができた。準備期間中は、いくつか印象的な出来事を経験することができた。イタリアの現場職人さんの陽気な笑顔や、普段は観光客でごった返す街がヴェネチアFCのファンで埋め尽くされた光景、入江で船から2頭のイルカを間近で目撃することができたことなどが心に残った。地元の人は知っているのかどうか、イカ墨パスタと地ダコは疫病予防になるらしい。


サンタ・マリア・デッラ・サルーテ聖堂にある疫病退散を願う像

■人新世の建築展示
 全体のキュレーションを務めるハシム・サルキスが提唱する地球規模のマクロな視点で建築を考えると、建築は宇宙の塵ほどにしか見えないかもしれない。それくらい引いた視点で俯瞰すると「我々はいかに共存していくのか」という今回の展示キュレーションのテーマにも納得できる。コロナも然り、我々はそれくらい引いた視点で人類の営みを再考しなくては、おおよそ解けない緊急な問題に直面しているのだ。地球をそのスケールで断面図に描くと、生命圏は一本の線ぐらいにしか見えない(1)。環境破壊や搾取の諸問題は、そもそも薄い地球の表層を傷つけ、地中からさまざまな有害物を表出させ、大気と水源、生態圏を破壊してしまったことによる(2)
 印象的だったのは、サルキスが手掛けた「As One Planet」会場のいたるところで、さまざまな見せ方で鉱石が陳列されていたことだ。数億年前の絶滅した不思議な模様の花が化石化し、今なおなんとも神々しい香りを発する化石や(これを嗅ぐだけでも行った甲斐がある(3))、地球に降り注いだ不思議な模様の隕石(4)、会場内で溶ける様子をモニタリングするために新潟から運んだ雪など(5)。鉄板を湾曲させ、時折ボコンと音をさせて南極の氷河が溶け落ちる音を表現した展示もある(6)
 危機的状況にある人類の営みを俯瞰する視点で、行き詰まった文明のあり方を建築家の批評的思考力で再考した時、建築家に何ができるのであろうか。搾取をベースとした物質文明の政治化された環境問題をもまずは俯瞰し、より根本的な森羅万象、八百万なものとの関わり合いから「共存」の糸口を模索し、人と環境、生命圏のための建築を再構築することは可能なのだろうか。特に印象的だったのは主会場の入口で、問題のあるケニアの採掘現場から持ってきた大きな黒曜石をたくさん吊り宙に浮かせた演出だった(7)。これは問題提起であるとともに、この展示会のハイライトでもあり、希望をもった未来への展望ある素晴らしいメッセージでもあるように感じた。それは黒曜石が人々の悲しみを癒し、未来に向けて創造力を発揮することを促すパワーストーンであるからだ。入口に入った途端、筆者の縄文の血が騒いだ(気がした)。展示会が、ある意味祭典であるとしたら、このようなエネルギーを増幅させて未来につなぐことが本来必要とされているのであろう。展示会の開催意義を問われる時代において、今までのやり方では建築家は地球環境の破壊の大罪に加担した罪を問われることになりかねないのだ。


「As One Planet 」展示会場入口にあるCave_Bureauによる「The Anthropocene Museum: Exhibit 3.0 Obsidian Rain」

■建築キュレーション再考
 今回の建築展が2度の延期を経る間、各国のキュレーターが集い情報交換を行うキュレーター・コレクティブ(CC)という同志のグループが発足したことは不幸中の幸いであった(8)。コロナで開催が危ぶまれる中、各国が展示に向け「さてどうしよう」というところからスタートし、その後、各国の展示内容をもとにさまざまな協同事業を行うまでに発展した。今までキュレーター同士の横の連携があまり活発に行われていなかったのも不思議なくらいである。これまではそれぞれ自国の対応で精一杯であったが、オンラインでの情報共有が当たり前になり、時差はあるにせよオンライン上で各国のキュレーターが一堂に会し、意見交換ができるようになったのは面白い展開である。コロナという共通課題、そして延期を経て、このビエンナーレが一部のエリートのためのものでなく、さらに多様性と公益性の増す場になったことも時代の流れともいえる(9)。国も言葉も違えども、おカネ度外視で、建築家はその強い意志で世界を良くしようと一致団結できることは本当に素晴らしいことだと思う。
 建築の分野において、展示キュレーションの考え方やその手法、各ビエンナーレの潮流やその意義について議論される機会は、現代美術の分野に比べると、とても少ないように思う。建築家にとっては、図面や模型を人に見せて考えや意図を伝えることは、息を吸うがごとく自然にできるので、あえてキュレーションについて言及する必要性を感じないからかもしれない。建築においては建物を設計し建設し社会に還元する主たる行為があり、そのプロセスや副産物として出版や展示を行うこともある。しかし現代美術においては、ビエンナーレのようなキュレーションされた場が、その社会活動の表舞台になる。よって、建築の分野におけるキュレーションは、ある意味付け焼刃になってしまう傾向があるのではないだろうか。だが建築におけるキュレーションにおいて、日本の建築界は非常に層が厚いといえる。今回、日本人として3人がナショナルパビリオンのキュレーターを務めた。日本館の門脇耕三氏(10)、ドバイ館の寺本健一氏(11)、シンガポール館は筆者である(12))。それぞれの立場からキュレーションやその意義について、3者による活発な意見交換も行い座談会として発信することができ(13)、今なおその活動は継続中である。建築は文化でもあるのだから。

〈注〉
1: https://spbr.arq.br/pt/wp-content/uploads/2020/09/2017-Satellight-Project-EN.pdf
2: McDonough, W. and Braungart, M. (2002). Cradle to Cradle: Remaking the Way we Make Things. North Point Press.
3: https://www.agapakis.com/work/sublime
4: https://www.bethanyrigby.com/
5: https://www.designboom.com/art/melting-landscape-installation-kei-kaihoh-venice-biennale-05-23-2021/
6: https://www.lars-mueller-publishers.com/antarctic-resolution
7: https://www.ergodomus.it/portfolio-item/obsidian-rain-pavilion/
8: https://curatorscollective.org/
9: https://www.dezeen.com/2021/05/19/pandemic-venice-architecture-biennale-curator-hashim-sarkis/
10: https://www.vba2020.jp/
11: https://nationalpavilionuae.org/
12: https://to-gather.sg/
13: ヴェネチア・ビエンナーレ 建築展 日本館・シンガポール館・UAE館 日本人キュレーター公開会議: https://youtu.be/58LHy98eJbY


シンガポール館「to gather: The Architecture of Relationships」

■宮内智久(みやうち ともひさ) プロフィール

2000年南カリフォルニア建築大学卒業。2004年ハーバード大学GSD大学院修了。2007~2017年『a+u 建築と都市』副編集長。2012~2020年 シンガポール国立大学環境デザイン学部建築学科上級講師。2012年~現在、宮内智久建築都市研究所主宰。第15・16・17回ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展シンガポール館のキュレーターを務める。

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