JIA Bulletin 2023年秋号/海外レポート

フィンランドの森から

有馬 幸

 森と湖の国、フィンランド。北欧デザインを代表するテキスタイルや陶器、ガラス、そしてアルヴァ・アアルトの建築が日本で人気を博して久しく、日本人にとってどこか親しみを感じさせ惹きつけられるデザインや文化がこの国にはある。新型コロナウイルスの流行による渡航制限が解除された今、ヘルシンキの街中でもまた以前のように多くの日本人観光客を見かけるようになった。

 かくいう私もフィンランドにかれこれ10年以上憧れ続け、ついに念願叶ってアアルト大学に留学したわけだが、現地で暮らすことは当然ながら観光で訪れるのとは全く異なり、さまざまな視点を与えてくれた。

森と共にあるフィンランドの人々の暮らし

 フィンランドは国土の約2/3を森林が占めている森林大国で、首都ヘルシンキであっても少し歩けば森があり、人と森との距離が非常に近い。また、自然に危害を加えない範囲であれば誰でも森や湖を自由に楽しむことができる森林享受権というものがあり、休日や夕方にはハイキングやサイクリング、犬の散歩、ベリーやきのこ摘み、カヌーやボート、冬にはクロスカントリーなど、季節ごとに森を楽しむ。どうやらフィンランド人はそれぞれ自分だけのきのこスポットがあるそうで、大学の先生に聞いてみたが場所はやはり秘密とのこと。とにかく生活の中に当たり前に自然があり、お金や準備に時間をかけずに、天気が良ければ近くの森に出かける。なぜこんなにも太陽が好きですぐに外に出たがるのか最初は不思議に思ったが、年間の日照時間が非常に少ないため太陽の有り難みを知っているのだ。

 気質に関しては、フィンランド人と日本人は、シャイな性格で謙遜を美徳とする点が似ていると言われている。ただ個人的な意見としては、フィンランド人は日本人よりもシャイで、基本的に自分から他人に話しかけないのだが、サウナに入ると他人とでもよく話が弾む。これは同じく裸の付き合いである、日本の銭湯文化と近しい。日本の銭湯が混浴だったのは昔の話だが、フィンランドの公共サウナでは今でも混浴であることも多く、水着着用必須でないところでは男女問わず素っ裸でサウナを楽しむ地元民の姿がある。

晴れた日に島のサウナに訪れた人々

晴れた日に島のサウナに訪れた人々

合理主義と民主主義の国フィンランド

 フィンランドに来てまず感じたのが、この国は非常に合理主義であるということ。交通機関や郵便、店舗のアプリなど、あらゆるサービスが全て銀行口座の個人認証システムで成り立っている(逆にこれがない留学生や移住者は苦労する)。公共交通機関は改札口がなく信用乗車で成り立っており、時折回ってくるチェックでチケットを提示できないと罰金が発生。手続きなどはほぼ全てオンライン化され、銀行などの窓口も最低限。トラムなどの路線は利用率が低いと廃線になる。不便なこともあるが、全体で見て最も合理的であるように事が動く。

 また、フィンランドは日本と同等か、そのさらに上をいく安全な国で、物を落としても無事に返ってくるし、赤ちゃんを乗せたベビーカーを店の外に置いて買い物する人を見た時は驚いた。

 そしてフィンランドは何といっても、高い税金に支えられた福祉の国である。教育は大学まで無料、しかも最大8年間、国からお金が支給されるので、貧富の差に関係なくお金の心配をせずに誰もが安心して学ぶことができる。これに関してはフィンランドの国民ではないので恩恵には預かれなかったが、留学生でも社会保障番号があれば医療センター等を利用することができる。

 また、アート、ものづくり、そしてスポーツをする機会が誰にでも平等に開かれている。建国100周年を記念して市民へと贈られた中央図書館Oodiでは、レーザーカッターや3Dプリンター、大型印刷機、製本機、ロックミシン、楽器などの本格的な機材が無料または格安で貸し出され、図書コーナーは休日には子ども連れの家族が集い、全世代が利用する複合施設として機能している。冬に人気のクロスカントリーはきれいに整備されたコースを誰でも楽しめ、屋外の無料スケートリンクもある。厳しい冬はこうしたスポーツで健康を保っているのだと、冬季うつになりかけて痛感した。

 フィンランドが毎年、世界の幸福度ランキングトップにランク付けされるのは、最低限の生活+αとなる充実した生活を送るためのこうした保障があることも理由の1つだろう。税金の使い道が明確なので高い税金にも国民は理解を示している。

ヘルシンキ中央図書館 Oodi

ヘルシンキ中央図書館 Oodi

Wood Programでの1年

 私の留学先であるアアルト大学のWood Programについて触れる。このプログラムは木造建築について集中的に学び、最終的に設計した建築物を自分たちの手でつくり上げる。建築の基礎知識があることが前提で、私の参加した年は実務経験者がほとんどであったが、参加生のバックグラウンドは多種多様である。

 カリキュラムは、まず初めに生物や化学のレベルから木のつくりを学び、構造設計専攻の大学院生と同じ講義を受けながら木造建築の知識を深め、それらの授業と並行して制作の課題が出される。木の観察から始まり、木材の可能性を探るべく機械や手道具を用いて加工。徐々に大きな構造物を制作し、途中からは設計も始まる。

 環境負荷についてBIMデータから具体的な数字を求める講義では、施工に用いる資材とその環境負荷、建物の運用に係る使用エネルギー、解体の際に再利用できる資材と廃棄になる資材はどれだけで、その際の二酸化炭素排出量の合計をソフトを用いて求めた。これはヨーロッパの100都市で2030年までにカーボンニュートラル化を達成する目標を掲げたことに加えて、フィンランドでは確認申請時に二酸化炭素排出量の申告が必須になるからという背景もある。設計課題においても、解体後に資材をどう再利用するかを含めて提案することが求められ、環境負荷を与える建物の設計に関わる建築家の責任をしっかり認識する、という意識の強さを感じた。

 今年の最終制作のテーマの1つが木材ストックの活用と移設可能なノマド建築で、非常に現実的かつ実践的な課題であった。授業やエスキースでは基本的に否定はされず、このまま発展させてみようという方針で、先生と生徒との関係も非常に対等であった。オープンすぎるが故に設計案が決まるまでは難航したが、最後は今年度のクライアントである音楽フェスティバルにパビリオンを設営し、終了後には大学のキャンパスに移設した。

キャンパスに移設したパビリオン

キャンパスに移設したパビリオン

フィンランドの木材利用

 フィンランドの木材利用は非常に進んでいると思われがちだが、この国でもCLTの木造よりRC造の方が技術があるため安く、主流である。とはいえ、建築家も建設業者も、「炭素固定のため」「自国の資源を活用するため」「材料費が安い」といった合理的思考のもと、木材利用に努めている。特に公共建築は、行政からの資金やメッセージ性もあることから木造が採用されることが増えている。フィンランドで初めてCLTを用いてつくられた施設もヌークシオ国立公園のネイチャーセンターであったし、新しく行われる美術館のコンペも、サステナブルや環境を考慮したものがテーマとなっており、木造が採用されるのではないかと予想する。

 フィンランドの森に生える樹木は2/3がスプルースで、パインを含めると9割が針葉樹である。冬が厳しく、日照時間が少なく、土地が痩せているため樹種が限られていて、恵まれた資源とは言えないが、この国が持ち得る最も大きな資源でもあり、かつては戦争の賠償金も林業で賄ったという。この針葉樹を用いたCLTについてもかつては他国に委託して製造されていたのが、2015年に国内にCLT製材工場がつくられてからは、全て自国産で世界各地へ輸出が可能となった。授業で訪れたフィンランド最大級の製材工場では、生産されたCLTを含む木材の半分以上が輸出され、その中でも日本への輸出が9割を占めていた。国土面積も森林率も同等である日本がこれほどまでに木材資源を他国に頼っているという事実と、炭素固定を謳いながら遥か遠くのフィンランドから二酸化炭素を吐き出しながら木材を輸入して日本の建築ができていると思うと、何ともいたたまれない。ちなみにフィンランドは、木材に限らず、食品などに国産であることを示すマークがあり、なるべく国産のものを使おうという気概が強い。

 日本はまずは林業後継者を増やさなければならず、課題は尽きないが、可能性に溢れているにもかかわらず活用しきれていない日本の森林を生かすにはどうすればよいか。フィンランドでの学びを踏まえて、でき得ることを探っていきたい。

フィンランドの代名詞、針葉樹の森と湖

フィンランドの代名詞、針葉樹の森と湖

有馬 幸(ありま ゆき) プロフィール

木工作家、デザイナー
2020年長野県上松技術専門校 木材造形科卒。2021年名古屋市立大学芸術工学部建築都市デザイン学科卒。長岡造形大学大学院造形研究科入学。長岡市地域おこし協力隊任命。アアルト大学 Wood Program 2022-2023年度生として参加。