JIA Bulletin 2024年秋号/海外レポート
地球の71.132419045%の海の上に浮かぶ移動する建築
堀内功太郎
地球上の28.8%を占める陸に建てられる建築たち、その傍ら、残りの71.1%の海を堪能せずにこれまで世界中のプロジェクトに携わってきた。しかしコロナ禍で国移動に不自由を感じた頃から、海という残りの7割を堪能する手段を発見した。そこから、地球を100%感じ取る生き方を覚えた。
2023年11月、パリ事務所のスタッフたちで札幌の北8西1地区第一種市街地再開発事業・ONE札幌ステーションタワーのデザイン監修の現場入りのため事務所と現場を転々としながら粛々と進めていた頃、突如ダイビング仲間から、ノルウェーのクルーズに1人行けなくなったので、代わりに行けないかという話をいただいた。翌々週の話だった。
その方には申し訳ないが、僕にとっては数年先まで埋まっていた船の空席情報という吉報。弊社は全員出社義務がないため、リモートワークを世界中で各自好きなところで家族や仲間たちと趣味を楽しみながら、本業の建築家活動を続けている。僕自身も施主との対面と現場以外は調整が付きやすい。急ではあったが調整し切った。
11月は札幌、香港、マカオ、深圳、そしてまた札幌、東京、石垣島、小浜島。石垣島・東京でただ荷物をピックアップだけして、デンマーク・コペンハーゲン、ノルウェー・オスロを経由して、お誘いいただいたトロムソに現地集合した。そこから約2週間、ノルウェー海界隈でクベーナンゲン湾を中心に圧巻のフィヨルドに囲まれ、北上し、海の上に浮かぶ移動する建築での生活が始まった。極寒の北極圏。北緯66度33分線の北側。極夜と白夜の世界。季節的にもほぼ極夜に近く、日照時間は1時間を切っていた。
常に電波が通る状態をキープしたので、仕事には支障なし。Webミーティングも通常通り難なくクリア。20年前海外に出始めた頃、どれだけネット接続に苦戦したことか。どこでも仕事ができる分、どこでも仕事を意識しないといけないデメリットもあるが、ノルウェー海の船上でもこれがデフォルトになった時代、北極圏の海の上でも通常通りの仕事が進む。
今回乗船したクルーズ船という建築は、12名のゲストの個室、共有スペースとしてリビングダイニング、甲板、サウナと露天風呂、トレーニングルームなどと、サービスサイドにキッチンや船長やシェフなど十数名の管理スペースに分かれる。北極圏の11月は日照時間が1時間もないので、船外での活動時間は日照時間前後も含めてせいぜい2時間。その間の貴重な昼間をフィヨルドに囲まれた海の上での生活を楽しみ、海の中へと潜りにいく。
ここでの主な目的は、シャチとクジラとのスイムだ。ウォッチングではなく共に泳ぐ。水中で共に泳ぐ経験ができる場所は、世界規模で見ても非常に少ない。水温は5度。気温はマイナス10度。晴れた日には朝焼けと夕焼けが延々と続き、美しいピンク色の空が広がるが、もちろん雪嵐の日もある。そんな中でシャチやクジラを探し続け、ドライスーツを身にまとい、共にスイムする。潜っている時の方が出た後よりましで、海から出るとあまりの寒さに肌が痛い。とはいえ船中は、全く問題なく薄着で過ごせる。海上でも気密性・断熱性も高い。
2023年の統計によると、住宅の気密性能基準は、世界一がデンマーク、続いてオランダ、ベルギー、そしてノルウェーと続く。その後も欧州が続き、日本は10位。
なぜわざわざノルウェーの北極圏まで来て潜るのか。北海道・知床などでもシャチはいるが、獰猛。知恵を持つシャチは、氷上でくつろぐアシカを海の下から氷を砕いて落とし、捕食する。ノルウェーのシャチは、ニシンを主食としているため、ヒトや大型哺乳類を襲わない。
大型のクルーズ船からは、積んである小型のクルーズ船をクレーンで海面に降ろし、船外階段で海面まで降りて乗り込む。オルカを発見すると、そこから海へエントリーする。オルカやホエールと共に毎日1、2時間、地球の71.132419045%の海を堪能する。
船に戻り日が暮れるとランチタイム。Webミーティングの合間に窓の外を眺めると、微かな環境光と共に迫力あるフィヨルドが迎え入れてくれる。
そして完全に日が暮れる。これからが北極圏の楽しみ、ポーラープランジのスタート。極寒の海に水着1枚で飛び込む。皆勢いで飛び込む。オランダのデルフトで運河に飛び込んだ当時を思い出す。その後もウィーンのドナウ川、パリのセーヌ川、真冬のカップマルタンの海。さまざまなところで藻にまみれ飛び込んできたが、ここまでの極寒は肌が痛い。飛び込んだ後はデッキの露天風呂、サウナと極寒のデッキを行ったり来たり繰り返しながら、フィヨルドに囲まれた吹雪の中、海の上を進み続ける。何の光もない中で輝く星空、そして浮かび上がるオーロラ。暑さと寒さを絶景の中で堪能する。このポーラープランジはこのクルーズ船だけのものだけではなく、街中でも体験することができる。極寒の地の海に、そしてその横にはやはりサウナが設置されている。
サウナと言えばフィンランドのイメージが強いが、ノルウェーでもサウナは根強い人気がある。海の上でも移動しながらの景色を堪能しながらサウナに入ることができるとは思っていなかったが、日常的にサウナのある環境下であるお国柄か、違和感はなかった。
船での生活の2週間。天空率の高い船上デッキからオーロラを垣間見る。フィヨルドに囲まれた世界で眺めるオーロラ。露天風呂やサウナに浸かりながら見上げる緑や紫のオーロラ。最高だった。
海の上を動く建築。ここに求められた最低限の機能は、地球の28%の陸が求めるものとは異なる。71%が求める海での生活スタイル。たった12人のためだけの、海上の移動建築。
最近は北海道のプロジェクトをやっていることもあり、バックカントリーをしている。ノルウェーの北極圏に来たなら折角だからとスノーボードをやってから帰ろうと、船上での生活を終え、陸に辿り着いてから山へと向かったが、トロムソの街にはスキー場やリフトというものが存在しない。まさかの何もない山でのバックカントリーだった。スプリットボードで山を垂直に登り、頂上で360度の北極圏のパノラマ景色を堪能する。パウダースノーの中、下界まで滑り降りる。日没と同時に登り始めたため、街灯も何もない真っ暗な暗闇をただひたすら登り、下界に広がる村の灯を目指して降りていく。
オスロに戻り、定番のオスロオペラハウス(スノヘッタ、2007)や現代美術館(レンゾ・ピアノ、2012)など、いずれも海を一体的に取り込んでいる建築を、極寒の中で散策する。オスロ中央図書館(アトリエ・オスロとルンドハゲム、2020)、ムンク美術館(フアン・ヘレロス、 イェンス・リヒター、2021)などを含め、新古典主義の街並みと共に都市や建築を数日視察し、次の目的地ポーランド・ワルシャワへ向かった。
いくつか会社をやっているが、海関連の会社では、こういった自然の中で偶然遭遇する海洋哺乳類とスイムやダイビングなどで戯れる。建築設計の合間のひとときで海を満喫し、陸に戻ると建築にまた戻る。海の上の建築、海の中の建築。
海の中の泡、液体の中の気体。陸の中の滴や孔、気体の中の液体。建築を考える上で海や泡、滴や孔は切っても切り離せない。
堀内 功太郎(ほりうち こうたろう) プロフィール
KOTARO HORIUCHI 株式会社
Founder, CEO, Architect
工学修士、一級建築士、PADIインストラクター、潜水士
2003年 メカノー(オランダ)。2004年 PPAG (オーストリア)。2005-2009年 ドミニク・ペロー(フランス)。2005年~ KOTAROO ARCHITECTURE(フランス)。2009年~ KOTARO HORIUCHI ARCHITECTURE Inc.(フランス)。2015年~ KOTARO HORIUCHI(フランス)。2020年~ KOTARO HORIUCHI Corp.(東京)。