JIA Bulletin 2025年春号/海外レポート

ウィーンでの生活と建築設計事務所での働き方
―オーストリアのスタンダード―

鈴木 実
このたび、あるご縁でウィーンでの暮らしについてのレポートを依頼されましたので、こちらでの暮らしや働き方について紹介させていただきます。
私は、日本の大学(東京理科大学理工学部、修士、奥田研究室)で建築を学んだ後、スペインのバルセロナに留学し、その後オーストリアへ移住して、以来約20年オーストリアに住んでいます。ウィーンには約3年前から住んでおり、現在はMHM Architects(以下、MHM)という建築設計事務所に勤務しています。
MHMは現在約30人の所員を抱えるウィーンの建築設計事務所で、所員の国籍はドイツ、ハンガリー、ボスニア、スロヴァキア、ポーランド、ルーマニアなどさまざまです。地域柄、東欧の出身者が多く、私は事務所内で唯一のアジア人です。言語に関しては、オーストリアの公用語はドイツ語なので、ドイツ語を使用して仕事をしています。プロジェクトは主に隣国ドイツとオーストリア国内のものが多く、用途は事務所建築が中心ですが、住宅、ホテル、美術館などの実績もあり、最近では病院建築の分野にも参入しています。
ウィーンでの働き方
勤務時間に関しては、私は普段朝8時頃に出社します。出社時間はフレックスタイム制ですが、9時30分頃までにはみんな出社してきます。もちろん個人的な用事があるときはもっと遅く出社しても構いません。事務所のコンピュータにはプロジェクトごとの予定や所員の出社予定(バカンスなど)を管理するアプリが入っていて、予定はみんなと共有されています。個人の勤務時間もこのアプリで管理されており、各所員は毎日仕事終わりに、今日どのプロジェクトの何の作業のために何時間働いたかを記入します。雇用契約で勤務時間は週40時間(場合によって+残業2時間)と決められているため、皆なるべくこの範囲に収まるように働きます。基本的に1日の労働時間は8時間ですが、月曜から木曜までちょっと長めに働いて(例えば残業30分)、金曜日は15時頃仕事を終えることがよくあります。プロジェクトの状況によりやむを得ず残業をしなければならない時もありますが、“働きすぎ“てしまった場合には、休みが取れそうなタイミングで「時間調整」と言ってその分のお休みを要求できます。これは有給休暇にはカウントされません。
お昼休みは12時くらいから各々好きなタイミングで取ります。時間は決まっていませんが、手早く30分くらいで済ませる人がほとんどです。スーパーでサンドウィッチを買って来たり、近くのレストランからお持ち帰りをしたり、家からお弁当を持ってきて事務所のレンジで温めて食べたりします。冬場は事務所内の休憩所で、夏場は外に出て広場や通りのベンチに座って昼食を取る人が多いです。ちなみにコーヒーは外で飲むと高いので、事務所で飲みます。オーストリアの職場には大抵コーヒーマシンがあり、従業員が仕事中いつでも自由にコーヒーが飲めるようになっています。ウィーンでは歴史的に有名な喫茶店(Café CentralやCafé Sacherなど)が観光名所になっていることからも、コーヒーがオーストリアの大事な文化であることがうかがえます。
16時半近くになると、退社する同僚がちらほら出てきます。17時半くらいには社内にいる同僚の数はほぼ半数になっています。「昨日は19時まで仕事したよ」と言うと「なんで?かわいそう!」とか、「ボスに媚を売っているのでは?」と思われてしまいます。だらだらと働いている人はおらず、この時間帯になると、皆多少焦り気味になります。家族との約束やヨガ、フィットネスなど、次の予定が入っているからです。このタイミングで「これ悪いけど今日中に終わらせてくれる?」なんて言って仕事を振ってくるボスやプロジェクトのリーダーは最悪ですが、幸いMHMにそういう人はいません。

Café Centralの入り口に並ぶ観光客

余暇やバカンスを楽しむ
余暇に関しては、ウィーンにはいろいろなカルチャースクール、映画、音楽イベントなどの催し物が年中豊富にあり、これがウィーンでの生活の魅力の一つです。私は週に何日か仕事の後にデッサンのコースを受けたり、英語のレッスンを受けたりしています。
気の合う同僚と帰宅途中にビールを飲むこともあります。平日でも仕事の後に余暇を楽しむことができるのは幸せです。週末が来ると、街を出てハイキングなどをして自然を楽しむことが好まれます。MHMでは週末に仕事をしたことがありません。
バカンスについては、一般的に年間5週間分(稼働日25日分)の有給休暇があります。有給休暇はなるべく毎年使い切ることが推奨されます。MHMでは1~2日の休暇はいつでも思いつきで取ることができますが、1週間以上の長期休暇は前もって、数ヵ月前に事務所に申請して、許可を得る必要があります。8月に1週間、年末に1週間事務所は営業しないため、そこで必然的に約10日分のバカンスを消費し、残りの約15日をどう振り分けるかは個人の裁量によります(オーストリアで有給休暇を一律年間6週間に増やそうという議論もあります)。病気になってしまった場合、風邪をひいた場合は事務所にメールし、後から医者の診断書を提出することで簡単にお休みを取ることができます。医療保険が適用されます。バカンスの最後に風邪をひいてバカンスを1週間延長することもよくあります。

ハイキングルート
共通した権利や義務、給与基準
賞与に関しては、夏と冬に給料の1ヵ月分が余分に支給されます。つまり年間で14ヵ月分の給料が支給されます。参考までに、大学を出たばかりの人の初任給は、約39%の社会保険料を払った後の手取りで2,178ユーロ、今のレートで約35万円です。
以上のことは全て労働協約Kollektivvertragというものに基づいています。労働協約とは業種ごとに、雇用に際してのルール(雇用する側とされる側の権利と義務)を定めたもので、これによって最低賃金の改定も毎年行われます。建設分野では、雇用する側の代表であるZT-Kammer(オーストリアの建築家協会のようなもの)と雇用される側の代表である労働組合(Gewerkschaft Bau-Holz)が交渉してこれを定めます。労働協約は建設分野で働く全ての労働者に適用されるので、どこの事務所で働いても労働条件に大差がないということになっています。もちろん実際には、能力に基づいて労働協約以上にお給料を払う事務所があったり、プロジェクトや設計業務の内容で違いがあるため、どこで働いても一緒というわけではありません。しかし、権利や義務の根本的な部分では共通しており、給与の基準も共通です。このため、職探しの際に心配事が少なく、便利です。一方で、権利や義務が明確になっていることで、職場をクビになったり、雇われている側の都合で転職することが頻繁にあります。誰もがそうした事態が起こり得ることを想定し、適度な緊張感を持って日々働いているように思います。
以上、オーストリアの建築設計事務所での働き方のスタンダードについて大まかに紹介させていただきました。どなたかの参考になれば幸いです。

MHM周辺の景色
鈴木 実(すずき みのる) プロフィール
MHM Architects
2000年 東京理科大学理工学研究科建築学修士課程修了。2001-2005年 スペイン、バルセロナ留学。2005年 オーストリア、グラーツに移住。グラーツ工科大学建築学部で非常勤講師を務める傍ら、さまざまな建築設計事務所に勤務。2021年 ウィーンに移住。2021年からMHM Architects勤務。