「タラセア技法で風景画を描き
木の面白さを伝えたい」
今回お話をうかがったのは、スペインの伝統木工技法タラセアで絵画を描く作家 星野尚さん。スペインで伝統技法を学び、現在は世界でも数少ないタラセア技術保持者として、木象嵌の絵画を発表しつづけています。東京・世田谷の平成記念美術館ギャラリーで展覧会中だった星野さんを訪ね、タラセアの魅力や、その技法をさらに絵画芸術に高める独自の世界観を教えていただきました。
―まずタラセアがどのようなものか教えてください。
タラセアは中世ヨーロッパで発達し、スペインに受け継がれている装飾芸術です。象嵌や寄木細工といった技法があり、1cmくらいの厚さにカットした着色していない自然の木を、80種類くらいの中から選んで組み合わせ、埋め込んだり嵌め込んだりして幾何学模様や風景画をつくり出します。現在でもスペインのアルハンブラ宮殿や、教会の天井・壁などで見ることができる装飾です。
私はタラセアの技法の中の象嵌を用いて風景を描いています。製作工程としては、厚さ1cmくらいの木を糸鋸で絵に合わせて必要な形に切り、それらを寄せ集めてパーツをつくります。そのパーツを象嵌の手法で埋め込んでいき、全部嵌めてから表面に鉋をかけて光沢を出して仕上げます。僕はひとつの作品で30~40種くらいの木を使いますが、木は種類が違えば繊維の方向も違うので、鉋がけは力の入れ方を変えながら慎重に丁寧に行います。また、建物だったら当然影があり、風景の中にもグラデーションなど濃い薄いがあるのですが、それを木で表現するのは難しいので、そういうところは焼きごてで焼いて影を描いています。
―どのようなきっかけでタラセアに出合ったのですか。
二十歳くらいの頃、両親に頼まれて大きなダイニングテーブルを探していました。そんな時、スペインでつくられた、機械や金属を一切使わない木で組まれた手づくりのテーブルを偶然見て、その技術を習いたいと思ったのがはじまりです。まずは、スペインに留学したいから技術を教えてほしいと、大阪で木彫りの先生に弟子入りしました。留学費用を心配してくれた先生が額縁屋を紹介してくれて、そこで働いて給料をもらいながら木彫りの勉強をしました。
3、4年後に資金も貯まり、スペインに渡って工房を見つけたのですが、スペイン人はなかなか教えたがらず、弟子をとるようなこともありません。そんな時、美術大学で教えてもらえると知り、コルドバの美術大学で学ぶことにしました。そこにたまたまタラセアの大家の先生がいらっしゃったのです。先生はもう大学では教えていなかったので、工房に行って先生の仕事を手伝いながらタラセアの技術を教えてもらいました。先生は国から修復の仕事を受けていて、アラベスクが多いのですが風景もあったので、それをやらせてもらったりしていました。風景といっても今の作品よりもずっと単純なものです。
卒業後は、日本とスペインそれぞれで生活し、今は日本にアトリエを構えて活動しています。
展覧会会場で作品を見ながら 説明してくださる星野さん |
「海岸」(2016年作) |
―伝統的なタラセアの技術を習ったということですが、今の星野さんの作品はそれとはまた違うようです。
スペインの伝統的な技法を学んだ上で、そこから表現方法を自分なりに変えて今の作風ができ上がっています。スペインではタラセアというとアラベスクが多く、僕がスペインで教わった先生も得意なのは風景よりもアラベスクでした。アラベスクは幾何学模様を入れるので、たくさんの色を使いますが、僕からするとそれは色を入れすぎなのです。ヨーロッパの教会に行くとごてごての装飾が当たり前ですから、おそらく感覚が違うのでしょう。僕の作品はスペインの技術を使いながらも、木目を生かしたり、日本人の感性が出ているのだと思います。そして象嵌だけど組み木のようなものではなく、絵画風につくっています。おそらく同じような作品をつくっている人はいないでしょう。
ヨーロッパで展示をすると、“ヨーロッパの伝統的なものと東洋の伝統的な美意識を混合した作品”と表現していただいたりします。
―たしかに星野さんの作品は木目がとても生きています。その使い方はどのようにひらめくのですか。
まず木を探す時は、その木が面白いかどうかだけで選び、デッサンに合ったものをイメージしながら探すわけではありません。あとこだわるのは色の木目と種類です。太い材料を買い、それをどのように伐るかによっても木目と色が変わるので、自分で伐ってアトリエに色の白いほうから並べ、ある程度集まってからデッサンを見てどの材料を使うかを考えます。
タラセアの面白いところは、見る位置によって木目の反射が変わり、作品自体は平面ですが立体的に見えるところです。例えば、見る角度によって海に浮かぶ小舟が浮き上がって見えたりします。それから、木は10年以上自然乾燥させたものを使うのですが、それでも収縮度の違いがあるので、時間が経つにつれて少しへこんだり動いたりします。そこに光が当たると当然反射率が変わるので、そこだけへこんで見えたり立体的に見えるのです。
―年月とともに作品が変化していくのですね。
2006年の作品と2014年の作品を見比べると、2006年の方が酸化して落ち着いた色になっているのがわかります。僕は酸化した方が好きなのですが、これは年数が経たないと味わえません。僕はブナ材をよく使いますが、それはブナ材は色の変化が大きく、それを作品に生かすのが面白いからです。もちろんお客様が作品を置いている環境によって変化の仕方は違いますが、それも楽しんでもらいたいと思っています。
木ですから色の変化だけでなく反ることもあるかもしれない……、でもそれを恐れて使うものを制限してしまったら、自分のつくりたいものがつくれません。自分は無名なんだから失敗してもどうってことないと思い、「間違った時は素直に謝れ」、「理屈を言うな」、「50歳までは知らないことは恥ずかしくない」、「プライドを捨てろ」と教えられたので、自分のデザインを曲げずにつくり続けています。
―スペインの風景を描くことが多いのでしょうか。
古い建物には圧倒されるような迫力があるので、そういうものを題材にしたいと思っています。その中でも、スペインやイタリアの田舎など、土臭い感じの風景が自分には合っているように思っています。それも有名な場所ではなく街の一角を描くことが多いです。
ヨーロッパは当然石が多いわけですが、それを木で表現するので、見る方にはそれを石として見てもらわなくては困るし、カーテンも木で柔らかな質感を出さなくてはならない。それを木の質感と色だけでつくるのは難しいですが、面白さでもあります。
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―星野さんのようなタラセアの技術を持つ方は他にいないと思いますが、後継者など、これからのことをどのように考えておられますか。
これからは、後継者になるような若い人にタラセアの技術を教えるということではなく、もっと小さい小学生や中学生に木に触れてもらいたくて、ワークショップを開いていきたいと思っています。木の額を用意して、そこに木の切れ端を貼って作品をつくる。プラスチックで遊ぶのではなくて、木の面白さを子どもにわかってもらいたいですね。そういったことを通して、僕の作品のことも知ってもらい、木の文化を日本で繋いでいきたいと思っています。
建築家が設計した建物に作品を収めたことはありますが、より建築家とコラボレーションできたらと考えています。建物を建てる時に、オーナーの方が僕の作品を飾りたいと言ってくださることがあります。そういう時は、設計の構想段階から僕の絵を組み込むことを想定していただき、建築家と作品の世界観を共有しながら、一緒に空間をつくることができたら嬉しいです。
―貴重なお話をいただき、ありがとうございました。
インタビュー: 2019年3月9日 平成記念美術館ギャラリー、スタジオネオ
聞き手:中澤克秀・市村宏文・望月厚司(『Bulletin』編集WG)