JIA Bulletin 2022年冬号/覗いてみました他人の流儀
高橋桂子 氏に聞く
スーパーコンピュータで
地球環境を予測する
高橋桂子

今回お話をうかがったのは、研究者の高橋桂子さん。スーパーコンピュータ「地球シミュレータ」の運用に稼働時から携わり、国立研究開発法人海洋研究開発機構(JAMSTEC)では、地球シミュレータを活用して地球科学分野のさまざまな研究をされ、地球情報基盤センター長、経営管理審議役、横浜研究所長等を経て、今年度からは早稲田大学に異動されました。これまでの研究やシミュレーション分野のことをお話しいただきました。

―地球シミュレータを使った研究をはじめたきっかけを教えていただけますか。

 私は津田塾大学の数学科出身です。その当時(1980年代)、津田塾大学には大型計算機があり、それがコンピュータとの最初の関わりでした。卒業後は東京工業大学の大学院でシステム科学を専攻し、博士過程で学位を取得、その後花王(株)の文理科学研究所(当時)を経て、夫のイギリス留学を機に留学したケンブリッジ大学では計算原理の基礎研究をしていました。日本に戻ってからは母校の東京工業大学で近似計算の研究をし、ちょうど取り組んでいた研究に一区切りついた頃、たまたま地球シミュレータの広告を目にしました。そこには開発中の地球シミュレータのスペックが当時のスーパーコンピュータ(スパコン)の約1,000倍と書かれていて、「ゼロがひとつ多いミスプリントだろう」と首をひねりました。その後、地球シミュレータが京都議定書の決議(1997年)を受け、地球温暖化を解明するためのスパコンとして、国家プロジェクトとして開発されることを知りました。
 地球環境問題が今後の重要課題になるであろうことは、恩師の故・市川惇信あつのぶ先生(元国立環境研究所所長)から興味深くうかがっていた頃でもありました。興味ある重要な問題を恵まれた環境で研究できる可能性があったので、当時の私の専門とは異なる分野でしたが、気象・気候研究の第一人者であられた松野太郎先生、地球温暖化研究を牽引しておられた眞鍋淑郎しゅくろう先生の研究室に公募申請したところ、研究員として採用していただけることになり、宇宙開発事業団(当時NASDA)の研究者として地球シミュレータに関わるようになりました。

―数学は子どもの頃からお好きだったのでしょうか。

 算数は好きでした。ですが、算数は、例えば「円周率は3.14…とする」というように定義から始まります。私はその約束事をなぜするのかがとても不思議で、いつもそこに引っかかりつまずいていました。そのたびに母から、明解な答えで白黒付けられる算数や数学の魅力を教えられ、なだめられてきました。母は数学が重要であると考えていたのでしょう。数学を嫌いにならずにずっと付き合ってこれたのは、母の影響があると思います。

―地球シミュレータについて教えてください。

 地球シミュレータは、地球温暖化など気候変動や地球環境のメカニズムを解明し予測することを目指して、故・三好はじめ先生が率いておられた開発プロジェクトのもとで宇宙開発事業団(現、宇宙航空研究開発機構(JAXA))と日本原子力研究所(現、日本原子力研究開発機構)、海洋科学技術センター(現、海洋研究開発機構(JAMSTECジャムステック))によって共同開発され、NECが製造したスパコンです。2002年に稼働した当時は世界一大きなコンピュータで、数年間は計算速度も世界一でした。当時は本国日本よりも欧米、特に米国に驚愕を与え「コンピュートニクショック」と称されました。当時の研究開発の現場は、ものづくりと新たな研究に挑戦する異様ともいえるような熱気にあふれていました。
 私はこの地球シミュレータが稼働後すぐに最先端の計算ができるように準備をしていました。稼動後は、海洋、大気、都市気象や水循環をテーマに大きな研究開発プロジェクトをいくつか並行して推進してきました。
 今年3月からは4代目の地球シミュレータが稼働を開始しました。現在では地球シミュレータの位置づけは変わって、JMASTECが所有するスパコンとして環境分野の研究開発を支える役割を担っています。

―地球シミュレータなどのスパコンで計算したデータはどのようなところに生かされているのでしょうか。

 地球温暖化予測はもちろん、エルニーニョやラニーニャなどの予測、将来の台風の強さの予測や豪雨予測など気候や気象、海洋の予測に生かされています。
 例えば気象庁では、スーパーコンピュータ「富岳ふがく」で研究された最先端の成果を、約10年後の天気予報に生かそうとしています。気象庁の予報はどんなトラブルがあっても中断することは許されません。予測手法やデータの使い方など厳密な検証をしたのちに、毎日の天気予報に活用します。そのためには、10年程度必要なのです。この最先端技術の検証の期間がさらに短くなるとよいですね。最先端のスパコンで最先端の手法を試して、うまくいくことを確認してから、皆さんに最新技術を使った天気予報が届けられているのです。

―研究内容はどのように決まるのでしょうか。また計算にかかる時間はどのくらいなのですか。

 テーマは、まずは協働する研究者との議論から始まり、学術的に最先端で国際的な競争にも負けない、社会的価値も高い研究テーマを最終的に選定します。スパコンの能力によってその国の科学力が決まってしまう部分があるのです。というのも、スパコンの能力によって挑戦できるテーマの限界が決まるからです。
 当時世界一だった地球シミュレータの場合は、イギリス、イタリア、フランスなどさまざまな国から、国家プロジェクトとして共同研究の要請がありました。私たちは多くの国際共同研究を同時並行に推進しました。
 研究にかかる時間はテーマによって異なりますが、地球シミュレータなどスパコンを使った計算には、トータルで数ヵ月から数年ほどかかります。計算をしたあとに失敗が見つかるとダメージが大きいので、綿密な研究計画が必要です。

―計算から出てくるものは数字なのでしょうか。

 はい、通常は数字の羅列です。その時系列に並んだ数字の羅列から、さまざまな変化の原因を探って予測することが私たちの仕事です。シミュレーションの醍醐味は予測です。少し先のことがわかれば、予測結果をもとにアクションを起こすことができます。
 数字の羅列は、グラフなどさまざまな表現で可視化します。例えば空気の流れは目に見えませんから、気温ごとに色を付けたりするのですが、この色使いや見せ方は研究者の技術や考え方、センスによってずいぶん異なります。おそらくこんなことが見えるはずということを頭の中で考えながら計算して可視化し、科学的に立証します。可視化に失敗すると、見えるはずだったことが見えないこともあるのです。この可視化と解析の過程は大切で、予想に反して新たな発見ができることも多々あります。


地球シミュレータを使用したシミュレーション
により再現した台風(2003年10号)

地球シミュレータによるシミュレーションの結果から、東京駅付近の大気の渦と気温分布を示したもの
(赤が高温、黄と緑はより低い気温を表す)

―建築系の方とも一緒に研究をされていますね。

 建築研究所や国土技術政策総合研究所の研究者の方々、最近では中央大学の石川幹子先生とは、気候変動と都市計画の関係性についての研究をしています。気候変動や気象のシミュレーションと都市計画が直接結びついた取り組みはまだ少ないですが、今後は、都市計画や建物・建物群と気候・気象の関係は、エネルギー問題や水問題、インフラとも関連してますます重要になると思います。
 特に、都市のゲリラ豪雨や局所的な集中豪雨と建物群との関係性については、今後さらに研究を進めたいと考えています。また、シミュレーションは仮想的なものなので観測も重要です。さまざまな観測の専門家や、行政、市民の方々とも組んで研究を進めていきたいです。

―これまでの研究から地球温暖化についてどう思われていますか。今後の研究についても教えてください。

 地球が温暖化しているのは確かですが、その影響で何が起きるのかという情報にはまだ幅があります。地球温暖化の影響を受けて、どこで、どれほどの異常気象が増えるのか、情報が少ないのです。今後は、予測シミュレーションから、それらの詳細な予測情報がより信頼度をもって提供できるようになることが望まれます。スパコンも今の1,000 倍くらいの能力が必要だと思っています。予測に必要なプログラムの基礎はほぼ出来上がっているので、スパコンの能力と観測を同時に発展させなければいけません。
 私は今年春から研究活動をよりメインにするために早稲田大学に移りました。若手研究者や企業の研究者と一緒に、スパコンを活用した新たな挑戦を開始しており、これまでにやり残したテーマも含めて、10年くらいかけてまとめ上げたいと思っています。

―貴重なお話をいただきありがとうございました。

 

インタビュー: 2021年9月24日 Zoomで実施
聞き手:市村宏文・関本竜太・中澤克秀・望月厚司(『Bulletin』編集WG)、佐久間達也
(インタビュー後の10月5日、眞鍋淑郎先生のノーベル物理学賞受賞が発表されました。)

■高橋 桂子(たかはし けいこ)プロフィール

東京工業大学大学院総合理工学研究科博士後期課程修了、工学博士。国立研究開発法人海洋研究開発機構を経て、2021年4月より早稲田大学総合研究機構グローバル科学知融合研究所 上級研究員、研究院教授。日本学術会議会員(第23、24期)、計測自動制御学会、日本応用数理学会、日本流体力学会、可視化情報学会、地球惑星科学連合等に所属。大気・海洋現象の超大規模シミュレーションおよび予測研究、超並列・高速計算の技術研究開発に従事。

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