上手に伝えられるのがプロのマジシャン
今回は、プロマジシャンの藤本明義さんにお話をうかがいました。国内外のコンテストで優勝経験をもち、バーなどの少人数の店舗から、パーティーや結婚式といったステージまで、さまざまな場所で多くのお客様を盛り上げ、活躍されています。インタビュー中に実際にマジックを披露していただきながら、普段はなかなか聞けないマジシャンというお仕事やマジックのことについてお話しいただきました。
―マジックを始めたきっかけを教えていただけますか。
私は基本的に人と会話をするのが苦手なんです。仕事柄、人前で台詞など決められたことを話すのは得意なのですが、今でも雑談するのは苦手です。大学を卒業してコンピューターシステム会社で働いていた時、飲みに行った先で周りの気を引くために何か良い方法はないか考えていたところ、当時ちょうどテレビにMr.マリックが出始めた頃で、もしかしてマジックをやったら喜ばれるのではないかとひらめきました。それでデパートで適当な道具を買ってマジックをして見せたら、とてもうけたのです。初めて人の気を引くことができたことでハマってしまいました。
そのうちデパートでマジック道具を買いあさるようになり、それでは飽き足らずにマジックの道具を扱う専門店に行くようになりました。
最初のうちは1人で楽しんでいるだけで、たまにスナックで披露したり、年に1度会社の忘年会でマジックをするくらいでした。それが3年くらい続きました。
―どのようにしてマジシャンになられたのでしょうか。
ある時、マジックのコンベンションがあることを知りました。世界中から有名マジシャンが来て、ショーやレクチャーがあったり、マジックのコンテストもある。世界中のマジック道具も販売されている。それに参加して、そこで初めてマジックのコンテストを見て、自分も出てみたいと思ったのです。そして翌年のコンテストに出たのですが惨憺たる結果で……。その悔しい思いがあったのが良かったのかなと思っています。でもコンテストに出たことによって、いろいろな人に声を掛けられるようになり、プロのマジシャンからも声を掛けられ、初めてマジックを趣味とする人やマジック関係者の知り合いができました。
そしてその翌年にはオリジナルマジックを考えてコンテストに挑み、優勝することができました。それをきっかけにあちこちのコンテストに出るようになり、海外のコンテストでも優勝を経験するようになりました。しばらくは仕事をしながら、たまにマジックの依頼があったら出演するようなスタイルでしたが、仕事がいろいろうまくいかずに精神的にまいってしまったこともあり、38歳の時に会社を辞めてプロマジシャンになりました。プロと言っても資格があるわけではないので、自分で「プロマジシャンです」と名乗ればなれるのです。
プロマジシャンになる時に決めたことは、プロになる以上はマジック以外の仕事は一切しないということです。プロマジシャンというのはなかなか世間から認められないもので、「プロマジシャンです」と言うと「本業はなんですか?」と聞かれることもあります。それが嫌なので、マジックだけで生活できていることがプロである証明だと思っています。それからはマジックを披露するたびに名刺を配り、とにかく営業しながら20年間続けてきました。
―どのような場所でマジックを披露するのでしょうか。
最初はマジックバーなどマジックをやっているお店に出演して、だんだん大きなステージの仕事もいただくようになりました。
ステージマジックは、宴会場などのステージ上で大勢に見せるマジックのことです。時間は30分くらいのことが多く、食事が落ち着いた頃に出演します。テーブルマジックはお客様が座っているテーブルに行き、各テーブル5分程度でマジックを見せて回るというものです。
私はどちらもやりますが、ステージマジックにもいろいろあり、イリュージョンマジックやハトを使ったマジックはやりません。
―子どもの頃から手先は器用だったのでしょうか。
不器用で工作も苦手でした。私と同じように、マジシャンはもともと手先が不器用な人の方が多いかもしれません。不器用だからきちんと練習するのです。マジックの練習はもちろん、指を動かす訓練などを続けてきたので、道具を器用に扱えるテクニックが身に付いたのだと思います。
基本的にどんなマジックもテクニックがないとだめです。誰でも扱える簡単な道具であっても、テクニックがないと人に見せられるものにはなりません。私がテーブルマジックで使う道具は、トランプもコインもペンもハンカチも仕掛けのないものばかりで、すべてテクニック勝負です。仕掛けがないのでお客様に道具を渡しても大丈夫ですし、ものを消したり移動させたりする時も、仕掛けがあるとかえってやりづらいのです。
ステージでマジックを披露する藤本さん |
―目の前でテーブルマジックを披露していただきましたが、何ひとつ見逃さないように見ていたはずなのに、予想もしないことが起こり驚きの連続でした。マジックをしている時はどのようなことを考えているのでしょう。
マジックの現象自体は基本的に単純なものばかりですが、人が考えないようなことや気を回さないようなところを突いて、不思議なことを起こすのがマジックです。ですから、このような時に人がどこを見ているのか、またどんなことを考えるのかを予測してそこを突くようにしています。そして、そういうことが平気でできるのがマジシャンです。気付かれたらどうしようと思った瞬間にお客様にバレてしまいます。これはたくさん練習することによって、考えずにできるようになります。
―マジシャン同士で教え合うこともあるのですか。
師匠に付いて修業する人も一定数いますが、私は人に付いて教わったことはありません。ただ、レクチャー会などがあり、そこでプロマジシャンと知り合いになって教えてもらうことはあります。あとはひたすら練習です。そしていかに人が考えてなさそうなことができるかです。
―新しいマジックを考えて演目を増やすこともあるのでしょうか。
はい。すぐに思い浮かぶ時もありますが、一生懸命考えてやっと思いつくことの方が多いかもしれません。でもマジックで大切なのはネタではないのです。マジックの種類は世の中にたくさんありますが、マジシャンが仕事で披露できるマジックは実はあまり多くはありません。道具を使って現象を起こすことはできても、現象が起きればお客様が喜ぶかというとそうとは限らないのです。その演出やトーク、自分のキャラクターなど、そういうものをすべて含めて見せることでお客様が喜んでくれます。ですからお金を掛けて新しい道具を買っても、全然盛り上がらないことはよくあります。でも少しだけ演出を変えるだけで、同じマジックでもとても驚かれたり、前回とは全く違う反応をもらえることもよくあります。
歌の上手い人が音程を間違えずに歌ってもそれだけではお金はもらえませんよね。技術は素人でも身につけられますが、プロは伝えるのがうまいかどうか。お客様に伝えるのがうまいのがプロの歌手であるし、上手なマジシャンだと思います。
―今現在、コロナ禍の影響は大きいのでしょうか。
ご想像の通り大打撃を受けました。仕事がなくなったというか、世の中からいらない仕事になってしまった。人が集まってはいけない、そして飲食店が閉まってしまうとマジックをする場がありませんから基本的に仕事はありません。そういう状況でしたが、最近ようやく出演の依頼が少しずつ戻ってきました。
それからマジシャンは芸人でありパフォーマーなので、歳を取るとだんだん仕事が減っていきます。これが他の業種と違うところです。また、業種によっては協業などができるのだと思いますが、我々が皆さんと接点があるとしたら接待や忘年会などでしょう。お客様のニーズあっての仕事なので仕方がありませんが、そもそも日本は芸人やマジシャンなどの芸に対してお金を払う習慣がありません。私は日本奇術協会に属していて、そこの理事を10年くらいやっていましたが、みんないろいろもがきながら頑張っていますから、早くコロナが収束して出演の場が戻ることを願っています。
―貴重なお話をいただきありがとうございました。
インタビュー: 2022年6月16日 たましん事業支援センター会議室にて
聞き手:望月厚司・関本竜太・小倉直幸(『Bulletin』編集WG)