JIA Bulletin 2023春号/覗いてみました他人の流儀
出口道生 氏に聞く
日常や体験、現代社会を
デザインの視点で考える出口道生
今回お話をうかがったのはソニーのプロダクトデザイナー出口道生さん。ソニーグループのデザイン部門であるクリエイティブセンターに所属し、オーディオ機器など数多くの商品を手掛けておられます。プロダクトデザインのプロセスや取り組み方についてうかがいました。
大学ではプロダクトデザインを学び、新卒でソニーに入社しました。ハイテクなものが好きでしたし、当時いろいろなメーカーがさまざまな電化製品をつくっていた中でもソニーのデザインがいちばん好きだったので志望しました。
入社から最初の10年、1990年代はウォークマンなどパーソナルオーディオをがむしゃらにデザインしました。商品の数も多かったので、いつも仕事を抱えているような状態でした。その後プロジェクトを企画する部署を経て、業務用のビデオカメラ、USBメモリやプロジェクター、スピーカーなどをデザインしています。プロダクト以外にも、展示会のブースデザインなどを行うこともあります。
通常のプロジェクトは、デザイン、設計(メカ・電気)、商品企画の3部門がチームで手掛けます。デザインは1機種につき1名が担当し、基本的にアイデアから製品が仕上がるまで担当者が責任をもって最後までまとめるという企業文化があります。最近はプロジェクト自体がいろいろな商品と繋がっているものも多く、デザイナー何人かがグループで取り組むものも増えています。
クリエイティブセンターにはプロダクトデザイナー以外に、音やカラーマテリアルのデザイナーなど多岐にわたる専門性をもつデザイナーが所属し、その中でカテゴリーごとのチームに分かれます。ジョブローテーションを行うことで、さまざまな商品デザインを経験して精通できるようにしています。
製品によって異なり、短いものだとひとつのデザインを2、3ヵ月で仕上げていくのですが、近作のソニー独自の立体音響技術を搭載したスピーカー「Home theater system HT-A9」は、話が来てから最終のモックアップによるデザイン承認までもう少し長く掛かりました。もちろんその前に技術的な基礎研究やいろいろな検証があり、デザイン側もそれを受けて形を提案していきます。
この商品は4本のスピーカーを部屋に置くシステムで、物量感や技術的な面を工夫して部屋に馴染むようにデザインしていきました。テレビは今すごく大画面になっていますが、正直音がそこについていっていません。良い音を出せるのに、それをどのようにテレビと一緒に体験してもらうかが課題でした。そこで、自宅で気楽に立体音響を楽しむことをコンセプトに、この円筒形のスピーカーができあがりました。
私は外側の形をつくり、音響担当者とメカ設計者の3者それぞれが認めるデザインになるまで意見を出し合いました。3者とも個性があって意見がぶつかりますが、良いものをつくろうという心意気は同じなので、意味のあるディベートができていますし、デザインの美的センスはかなり一致しています。
ケースバイケースですね。もちろんそのような時もあれば、デザイン側がこういうものがあったほうがいいと提案してそれが商品になるケースもあります。
例えば、ソニーのUSBメモリーはキャップレスでシリーズ化しようというデザインからの提案に、設計と企画が賛同してくれて商品のラインナップをつくることができました。スライドで出すタイプのUSBメモリー「POCKET BIT」は、デザインは私のアイデアですが、それを設計側がシンプルな構造に直して量産を可能にしてくれました。
デザインの役割は形をつくるだけでなく、商品のストーリーや構造に踏み込んで操作の作法を考えることも含まれています。どういう形が使い心地がいいのか、カチカチという音も、音が鳴るものを集めてどんな音がいいか共有していきました。また、カセットの時代、ウォークマンは薄型でサイズも小さくなりましたが、デザイナーが持ち運びのスタイルとして小さいものを提案していなかったらあのような進化はなかったでしょう。使う時のことを考えるのが作り手の腕の見せ所だと思いますし、それにどこまで気づくことができるかが大事です。
また、ソニーではデザイン会議というものが部内にあり、コンセプトデザイン会議とモックアップができた時の2段階で製品化の審議をします。入社1年目でも20年目でも変わらずその審議の場で自分のデザインしたものを説明します。ここで非常に細かくチェックを行うことで、商品のソニーらしさが守られているのでしょう。また、社内全体でクリエイティブセンターの意見を重要視してくれているので、デザインが最後までコントロールできているのだと思います。
デザインの役割が変化してきているように感じています。1990年代の頃は店頭に並んだ時に他と違っていることが重要で、それが短いサイクルで入れ替わるような状況でした。最近はそういうことではものは売れないですし、お客様もおそらくそれを求めてはいません。実際にそのものを使ってどうするかというところが非常に重要になってきていて、ものの形より、ものの本質的な価値を見られているような気がします。ですから、デザインは余計なものはなるべく取り除いたシンプルなものにしたいと思っています。
商品は、企画や要望を受けてそのまま形にするわけではなく、「だったらこうしたほうがいいんじゃない?」と考えるため、出てきたデザインが少し斜め上にいってしまうこともよくあります。その案がそのまま商品になることもボツになることもあるのですが、提案する側としてはそれくらい飛躍させないと頭を使ったことにならないような気がしています。
関わる人も扱う材料も違うので、テクニカルな面は大きく異なると思うのですが、デザインでいうと私は本質的にどちらも同じだと思っています。プロダクトデザイナーのキャリアを進む中でその思いが大きくなり、無性に実践したくなって自邸の構想に向かいました。私はプロダクトの延長として家を捉えていて、当初は自分でデザインして知り合いの建築家に頼んで建ててもらうつもりでしたが、自分の思っていたアイデアが世の中にもう出てきてしまっていて、もっと完成度の高い家の実現に目標が変化して建築家の有馬裕之さんに設計を依頼しました。2005年に竣工して今18年目ですが、手を入れながら今でも快適に暮らしています。デザイナーは想像を越えたものをデザインすべきというのは、有馬さんとの家づくりでも勉強になりました。
仕事を家に持ち帰ることは極力避けていますが、考えるという意味では担当案件のことにかかわらず、日常や体験したことをデザインの視点で考える癖があります。日常や現在の社会をしっかり見ることはデザイナーとしてとても大事なことだと思っています。そうでないとデザインが独りよがりなものになってしまう恐れがあります。面白い建物ができるとすぐに見に行きますし、流行のスポットにも出掛けます。知らないことはないようにしておこうという意識が強いですね。
最近はソロキャンプにハマっていて、都会から離れて自然の中にいると、また文明が違って見えるので、そういう距離感や関係も面白いと感じています。でも結局それは山の中で文明を見ているということなので、結局どこにいても何かしら考えているということなのでしょう。
やはり形をつくることが好きで、未来のことを考えたものづくりが好きなので、そういうものと関わることができるこの仕事を、これからも楽しみたいです。
インタビュー:2023年1月12日 ソニー本社
聞き手:佐久間達也・望月厚司・関本竜太・会田友朗(『Bulletin』編集WG)
出口道生(でぐち みちお)プロフィール
プロダクトデザイナー
1966年生まれ。大学でプロダクトデザインを学んだ後、1989年ソニーグループ株式会社入社。現在、同社クリエイティブセンター所属。