JIA Bulletin 2024年秋号/覗いてみました他人の流儀
中原崇志 氏に聞く
情報を読み解きかたちにする中原崇志
今回お話をうかがったのはミュージアムデザイナーの中原崇志さん。日本科学未来館や21_21 DESIGN SIGHTなどで開かれる、さまざまなジャンルの展覧会の展示構成やデザインを手掛けています。普段どのように仕事を進めていらっしゃるのか、また仕事をする上で大切にしていることなどをお聞きしました。
長崎の大学で建築を学び、卒業後は意匠設計に進むつもりだったのですが、地方大学出身ということもあって、そのままアトリエに入っていいものか迷いがありました。当時大阪にIMI(インターメディウム研究所)というジャンルを越えて学べる学校がありました。美術史家の伊藤俊治先生を中心に、建築家の吉松秀樹さん、現代美術家の椿昇さんなどが立ち上げた学校です。もともとグラフィックや映像など建築以外のことにも興味があったので、卒業後まずそこに入りました。このときに椿さんの作品づくりや、展覧会の手伝いをよくしていて、実践を通して多くのことを現場で学びました。
それから一度建築に戻り、有馬裕之さんの事務所で4、5年住宅などの設計を経験しました。その後、以前から交流があったデザイナーの方に声を掛けていただき、上京して展覧会などの仕事を手伝うようになり、だんだん単独で動くようになっていきました。今は私個人で受ける仕事がほとんどですが、所属している会社はIMI時代の同級生で運営しています。
東京に出てきてすぐに、日本科学未来館(以下、未来館)の展示のコンペに通りました。それ以降、未来館では展覧会があるたびに展示デザインを決めるコンペに参加し、実績を積んできました。ここ数年は21_21 DESIGN SIGHTの展覧会も担当しています。21_21 DESIGN SIGHTを手掛けるようになってから、いろいろな方が声を掛けてくださるようになり、仕事が拡張しています。
私は、例えばこのグラフィックデザイナーと組みたいとか、こういう映像作家と組みたいというように、チーム構成を自由に考えていきます。展示は空間だけではなくていろいろな表現を駆使しながらつくるので、そういう自由さがあるのが私の強みかもしれません。それぞれの案件によって座組を変えながらやっています。
進め方も、企画段階からグラフィックデザイナーなどに入ってもらい、一緒にディスカッションしていくことが多いです。企画ブレストからみんなを巻き込んで、一気に打ち合わせをしていく感じです。
展示は、いきなり設計に入る場合もありますが、リサーチしてプランニングする場合も多いです。例えば美術作品だったら、それをどう見せるかが出発点になりますが、未来館での展示は、ある科学情報を人に伝える展示にしなくてはいけません。研究者にしか分からないような専門的なことを来場者にどう伝えるか。まず情報の読み解きから始まり、それをどう形にしていくか、どういう空間にするかを考えていきます。
かける時間はプロジェクトによって異なりますが、1年ぐらいかけてリサーチして徐々に形にしていくのが私にとっては理想的です。
はじめは難しくて理解できないことも、それを形にするために議論をする時間がすごく面白いんです。
奄美大島世界遺産センターでは、最初に環境省や専門家の方々と世界遺産の森を歩いてフィールドワークをし、植物や動物の情報を共有してもらい、その体験をもとに展示コンセプトを「生命の賑わいを感じる繋ぐ」としてフィールド探索型のミュージアムにすることにしました。
展示室に森を再現するのですが、動物によって活動する時間帯が異なるのに同時に見せてしまうと再現になりません。そこで、照明や映像を使って、30分に1回、24時間時間が流れるタイムスケープがある空間にして、環境が変化するようにしました。それから、実際森ではなかなか動物に出会えないので、見つける感覚が得られるようにランドスケープやサウンドスケープも駆使しました。生き物によって特性が異なることを感じてもらえるような工夫をしています。
インパクトというよりは、シーンを作っていく意識はあります。2014年に未来館の企画展「トイレ? 行っトイレ!~ボクらのうんちと地球のみらい」では、展示空間に大きな便器があり、その中に入るシーンがあって、これが当時SNSで拡散されて来場者が増えました。確かにインパクトはあったのだと思いますが、これは排水や下水道の問題などを、子どもをターゲットに楽しみながら知ってもらえるように考えた展示でした。大きな便器は表の世界から地下の世界に入るシーンの切り替えとして設置しました。
この展示は入口は面白そうで入りやすいのですが、展示を見た後は社会問題を持ち帰ることになる、未来館らしい、いい展示でした。
展示は形の検討ではなくてストーリー作りから始まるので、最初はそれに戸惑い、かなり苦戦しました。今は小さなことをこつこつ積み上げて考えていく感覚で、どういう体験を用意するかや、どうしたら伝わるかを検討してから形に入っていくことが多いです。展示構成図というものを毎回作るのですが、展示内容ひとつひとつがどのような文脈で繋がっていくかを最初の段階で整理して図示化します。それが展示ストーリーや平面構成に繋がっていきます。
それから展示自体は、空間に高さがあるとすごく難しいです。展示物は下にあることが多いので、高さ方向をどう作っていくかは毎回悩みます。
私はやはり建築設計を経験していることが大きくて、目の前の展示のことだけ考えるのではなく、少し引いて建築と展示を自然と結びつけて見ている気がします。領域をあまり持ちたくないというか、空間としても体験性を大事にしています。
四国村で開かれた写真家の新津保建秀さんの展示では、建築は細長い空間で、普通はその白い壁面に展示していくのですが、あえてそれを無視して通路の間にワイヤーを掛けて、写真も民具も吊って、それをめくるように歩くことでいろいろなシーンに出会えるようにしました。
長野県立美術館でのファッションデザイナー黒河内真衣子さんのブランドの展覧会「10 Mame Kurogouchi」では、展示室はフローリングなんですが、黒河内さんが地元長野の風景の話をよくされていて、雪の結晶などを見て作品を作ったりしているとうかがったので、そういう感覚を空間として再現したいと思い、床も全部白くしました。
山陽新聞社の「さん太しんぶん館」は、展示室からガラス越しに印刷工場が見えていて、そのガラスにグラフィックを入れることで、工場が展示物のように見えるようにしました。まさに領域を越えて考えた例です。
空間の中でそれがどう展開されていくかや、小さな情報がどのように空間化されていくか、そういう意識は普段から気をつけているポイントかもしれません。
展覧会のために新しい技術を開発することもありますが、完全にデジタルだけではつまらないので、どうしたらアナログ的な空間体験や身体的な体感性を付加できるかは常に考えています。
インタビュー:2024年6月6日 中原崇志さんの事務所にて
聞き手:渡辺猛・関本竜太・大塚浩子(『Bulletin』編集WG)
中原崇志(なかはら たかし)プロフィール
ミュージアムデザイナー
建築アトリエ・有馬裕之+Urban Fourthを経て、建築、インテリア、ミュージアムデザインの分野で活動。主な実績に、「イヴ・サンローラン展」「10 Mame Kurogouchi」の展覧会会場構成。「北九州市科学館」「奄美世界遺産センター」などのミュージアムデザイン。受賞歴として、日本空間デザイン賞金賞、SDA大賞・経済大臣賞、ADC賞など。