都市デザインの話
「階段都市」の改造
    超高齢社会の都市環境


ミシガン州立大学特別専任教授・萩原俊研究室  萩 原 俊


 先日,駅の階段で転んだ。新しい靴を着用した日だった。少し底の厚めの靴で歩きやすそうなものだったが,上りで爪先をひっかけた。いつもの感覚で足を上げたためだが,数ミリの違いでも容赦してくれない。幸い上りだったので咄嗟に手をついてことなきを得た。60過ぎたが,我が運動神経もまだまだだわい,などと悦に入ったものだが,手首の痛みはしばらく続いた。下りであればけがどころか死に至る場合もあろうと思うと冗談では済まされない。普段,高齢の方々が手すりもない階段を壁などに頼りながら上がり下がりされているのを見て,「階段都市,東京」の改造の必要性を痛感していただけに,自分が転倒してまさに他人事ではなくなった。

 高齢の人々(以下,高齢者)や身体機能に障害を持つ人々(以下,障害者)にとって,階段は日常生活圏を狭める最たるものである。引きこみがちになるこれらの人々にとって,日常生活圏を確保することは健常な生活をおくる基本条件である。昨今は,バリアフリー思想の普及が急で,屋内では段差など高齢者や障害者の生活行動に支障となる障壁を排除するために多くの手当てが施されるようになった。阪神・淡路大震災の経験から,高齢者を階上へという傾向も顕著で,ホームエレベーターや階段昇降機の普及も急であるが,屋外はまだまだである。少し古いデータだが,1996年時点でエスカレーター整備済みの駅の割合はJRで5.6%,私鉄で21.3%,地下鉄で84.2%である。地下鉄で多いのはその深度から当然であろう。一方,車椅子利用者にとってとりわけ有益なエレベーターはJRで3.4%,私鉄で10.6%,地下鉄で38.1%と極端に低い。これらの事業主体は改善を進めており,国も支援を約束しているが1日も早い完全整備が待たれる。欧米では,エスカレーターやエレベーターが整備済みの駅などを知らせるマップなどがある。参考にしたい。

 道路にも多くの問題点があることは言を待たない。歩道橋は健常な者にとっても障壁以外のなにものでもない。歩道はあっても自転車と共用である。電柱は景観上の課題とされることが多いが,ある折り高齢の方から,電柱の地下化というが,電柱は車を避けるのに格好であるいわれ,面目のない思いをしたことがある。高齢者が4人に1人となる超高齢者社会が間近な我が国の道路環境として,なんとも情けない話ではなかろうか。

 欧米では昨今,車社会からの脱却をテーマにしたまちづくりが行なわれつつあるのは誰しも知るところであろう。路面電車の復活や導入も盛んである。米国のオレゴン州の「2040年プラン」では,2040年を目処に州民の車の走行距離を40%削減するとしている。

 我が国の2040年といえば,総人口は現在より15%ほど減って1億1,000万人ほどとなる一方で65歳以上の人口は3,400万人ほどと現在の1.7倍となり,対総人口割合は31%となる(国立社会保障・人口問題研究所推計)。つまり国民の3割以上が65歳以上という他国に類を見ない状況になるが,そこでの我が国の都市,特に,高齢人口の多くを抱える東京などの大都市での居住,就業,交通,自然を含む都市環境の在り方がいまだ見えていない。欧米の事例を紐解くまでもなく,いま未来を見つめた都市づくりへ多面的かつ積極的な行動が求められよう。これに建築家が加わっていないことを想像することは難しい。


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