都市デザインの話
摩天楼の街と開発のルール
    ニューヨーク市ゾーニング条例の大改訂


東日本旅客鉄道株式会社  坂本圭司


 本稿ではスカイスクレーパーの街,ニューヨークでの建築形態規制に関する最近の動向を紹介する。
 1999年4月,ニューヨーク市都市計画委員会委員長のJoseph Roseは同市のゾーニング条例を全面的に改訂すると発表した。改訂の内容は,@当該建物の近隣の状況を鑑み,ブロックごとの建物高さ制限を定める,Aできるだけ建物群の壁面線を連続させるため最低建蔽率を定める,BTDR(開発権の移転)やPlaza(公共空地)提供による建物容積のボーナスを撤廃する,といった大胆なものであった。この改訂はMid-ManhattanやLower-Manhattanでは適用が除外されるものの,40年ぶりのゾーニング条例の大改訂と呼ばれている。  この全面改訂の背景には1961年以降,ニューヨークのゾーニング条例が容積ボーナス(インセンティブゾーニング)と,ブロック単位で適用されている独自のゾーニング(フレキシブルゾーニング)が組み合わさった,極めて複雑な内容となっており,一般市民には理解し難い内容となっていたことと,これらの手法とTDRを巧みに組み合わせることにより,市が予想すらしなかった巨大ビルの計画が持ち上がったことにある。
 これらの改訂に重要なポイントが二つある。一つ目は,これらの規制が「前世紀的」といわれる,壁面線の指定や高さ制限に代表される「事前確定」的な内容となっていることである。特に建物高さ制限はニューヨークの歴史の中で,テネメントハウスを除いては制定されておらず,もしこれらの提案が議会を通過すれば,同市の歴史の中で前代未聞な出来事となる。蛇足ながら,わが国では特定街区や街並み誘導型の制度が壁面線の指定と高さの制限を行っており,事前確定的な誘導規制と評価できるが,地区計画を行わなければ制定できない点と,容積のボーナスが設けられている点で,ニューヨークのそれとは異なる。
 二つ目は,これまでの歴史の中で複雑化したゾーニング条例を一度「リセット」し,単純明解で分かりやすい条例を新たに制定しようとしている点である。前述のようにインセンティブゾーニング・フレキシブルゾーニング共に,適用の条件・ボーナスの計算方法などが非常に詳細で多岐にわたっており,これらを理解・活用できるのは一般市民ではない,ゾーニングコンサルタントといわれる専門家たちだけといわれている。この状態を鑑み,都市計画委員会は都市計画やまちづくりのルールはそこで生活する市民に理解できなければならないと強く感じているようである。わが国でも都市計画法や都市再開発法などに根拠を置くさまざまな誘導規制や事業手法は複雑であり,ニューヨークの状況と良く似ている。ただし,昨今の都市計画法の改正などを見る限り,法規制が単純化する傾向にはなく,複雑怪奇な規制の「リセット」などは夢にも見ない状況である。
 このようにいかにもアメリカらしい,ダイナミックな都市計画委員会の提案であるが,この試みには「開発」に関連した様々な利害の対立や障害があり,実現までの道のりは決して近くない。実際昨年数回行われた公聴会でも不動産業界の関係者からの反対が多々報告されており,今後の動向は目が離せない。しかし,ディベロッパーなどの反対意見は当初から予想されていたことであり,これらを承知でルールの改正に取り組む都市計画委員会の姿勢は評価できる。先に述べた改正案は,世界で初めて総合的なゾーニングを制定したニューヨークだからこそ実現可能なのかもしれない。

 

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